TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

自殺したら転生して激つよ魔法少女になった件 ①




自殺したら転生して激つよ魔法少女になった件

1.
横へ大きく避けたところに背後への爆破を連発されて、風圧に耐えきれずに空中へぶっ飛んだ。

ーーーああ、ス○バのキャラメルフラペチーノが飲みたい---エクストラホイップにチョコレートソースカスタムで……ーーー

甘いものがほしくなるのは疲れているからだ。キャラメルフラペチーノは無いとしても、とにかく早く切り上げて城に帰ってゴロゴロしたい。
粉塵に紛れてなんとか着陸すると、目前にはクソデカい龍が黒光りする巨体をのろのろ持ち上げて私を探している。吹っ飛ばしたはいいが私という標的が小さすぎて見失ったのだ。この機を逃さず、匍匐前進で着実に間合いを詰める。
怒りっぽくて目先の事しか考えられない頭の悪い龍だという事がこの数分の攻防で解りかけてきたが、もうそんな些事はどうでもよかった。
「てめぇ舐めとんちゃうぞワレェェェ!!」
私は怒声と共に愛刀を構え、ありったけの魔力を乗せて龍の首元に振り下ろした。

事は数時間前に遡る。数時間前、というのは体感なので、はっきりと「何時間前の事です」とは言えないのだが、それもそのはず、私は自殺を図ろうとしていたのだ。
ていうか、完全に首をくくったはずだった。

現代日本でひたすら会社の行き来をしていたある日、私は自分でもそれと知らぬ間に精神を病み、「所謂鬱病ですね!」とやたらハキハキした精神科医に言われたのであった。

それからは朝昼晩と襲い来る尋常ではない不安感や身体症状との激しい戦いが待っていた。
薬で散らせど散らせど、奴はそれはもうしつこく追ってきた。逃げて逃げて、逃げるのに疲れ果てたある日、私はおもむろに万年床から起き上がり、家のいい感じの梁にロープをかけた。
私が寝ていた枕元には本が沢山積んであったが、鬱を患ってからというもの、長い文章は脳が受け付けなくなっており、その事実が私を打ちのめした。
生まれてこの方読み物と常に一緒で、あれほど助けられた本というものを読めない人生など生きていても仕方がない……。
これでラクになれる。
私は足元の椅子を勢いよく蹴り、この世と別れを告げた---。はずであった。

エリザベート様!」
「姉上!死んじゃやだ!」
なんか周りで人々が泣きわめいているーーー。
私はカッと目を開け、自分でもびっくりするくらいの勢いで上半身を起こした。びっくりしたのは周りにいた人々も同じで、何人かは「は?」「え?」と佇む、ひとりは悲鳴をあげる、ひとりは尻もちをつくなどして阿鼻叫喚の様子となった。
「ここどこ私はだれ」
と、呟くと、枕元で呆然としていた可愛らしい金髪のショタっ子がいち早く気を取り直し、「姉上!お気をたしかに!ここはディーツ国の最北のラストリア城、姉上はクロノ家長子、エリザベート・クロノ様です!」と私の右手を両手でぎゅうと掴み、ひとことひとこと言い含めるように教えてくれた。
はたしてそれは、私が唯一死の間際まで愛読していたネットの連載小説の主人公の名前に違いなかった。
その小説は匿名で書かれ、毎週一回の更新で少しずつ進んで行くものだったので、心身共に弱りきっていた私には比較的消耗せずに楽しめる貴重な娯楽のひとつとなっていた。
内容は、架空の大国に生まれた由緒正しい超美形のお姫様が、国々に巣食い祖国に仇なさんとする魔物たちと勇猛果敢に戦うも、次第に追い込まれて北国の城に籠城を余儀なくされるという切ない展開だったーーー。
「待って、ちょっと鏡持ってきてくれる?」
記憶が正しければ、そして私が正気ならば、この枕元のショタっ子は、主人公・エリザベート姫の実弟のアラン・クロノ皇子という事になりそうだ。
アラン君は小説の記述の通りのふわふわの金髪を靡かせ、姉によく似るとされる翡翠色の目を真剣に見開いて手鏡を持って来てくれた。
手鏡を覗くとそこにはーーー見た事の無い、しかし読んだ事はある、金髪に緑の目の超絶美少女が映っていた。
「……まじか……」
「えっと、私、なんで寝てたんですか?」
おおよそは把握したが、なぜこんな有様になっているのかがわからない。
訊ねてみると、今まで尻もちをついていた女性が慌ててパッと立ち上がり、「大変失礼致しました」と居住まいを正し一礼して、 「昨日から姫様はおん自らこの城に攻め入らんとする黒龍との交戦に向かわれ、その途中で何者かの襲撃を受けて胸を撃ち抜かれたのです。魔力が弱っておられた上に、回復魔法の使える魔術師は隣国で足止めを受けており、姫様は昨晩から意識を失われーーー。」 そこまで言って、動きやすそうなグレーのワンピースに焦げ茶色の髪を結わえた女性は涙声になった。ある程度年配である事や、その髪色等の特徴から、この女性はメイド長のユリアナ・ハウゼンさんであろうと推測される。 「し、失礼しました……姫様は意識を失われ、つい先程息を引き取られたのです。いえ、息を引き取られて、いたのです。」
こんな奇跡が起ころうとは……と言って、メイド長はうやうやしく私の手を取り、律儀に涙を拭ってポケットから時計を出し「脈を確かめさせて頂きます!」と脈拍を測り始めた。 そういやそうだった。私は、交通網を塞ぐのみならずこの城まで落としに来ようとする龍を退治しに行って、皮肉にも人間の凶弾に倒れたのだった。
「なんとなく思い出してきたが……ちょっと頭がクラクラする……」
「ええ、そうでしょうとも、昨日の今日です。しばらくは安静になさって下さいませ!」メイド長は脈のみならず、服の上から鼓動を確かめる、額に手を当てて熱を診るなどしながら言った。
そこへフラフラと心配そうに進み出て来たのは、軍服に高位である事を示す腕章を着けた若い男性だった。
くせっ毛の黒髪に、実直そうな光をたたえた切れ長の黒い目の偉丈夫だ。
「姫君の護衛を何よりの任務としながら、この度の失態、申し開きのしようも御座いませんーーー!!かくなる上は!わたくし近衛長のギュスターヴ・ライトニング!!この場で自害を以って責任を!!取らせて頂きます!!」
「待て待て待て待て!!おい!!誰かこの馬鹿とめてくれ!!」
黒髪のイケメン近衛長・ギュスターヴは熱血キャラとみえ、ハリのある声を屈辱に震わせながらいきなり自らの軍刀を抜いて首筋に添わせるという暴挙に出た。
周りの側近たちが押さえにかかるが、さすが近衛長と言えようか、ギュスターヴ、力が強い。アラン皇子も青ざめて制止するが、なにせ大分身長差があるのとギュスターヴが極度の興奮状態にあるので軍刀を離させるのが難しい。
しかしそこで脈拍を測り終えたメイド長が振り向きざまにギュスターヴのみぞおちへ強烈な腹パンを炸裂させた事で、熱血の近衛長はウッという呻きと共に膝から崩れ落ちた。
「脈は正常、息も目の動き等も異常は認められません。お顔の色も見違えるほど良うございます。わたくしは医師でも回復の術師でもありませんので、これ以上は診ようがありませんが、命に別状は無いと思われます……。本当に、奇跡としか申し上げられません」
本当に良くお戻りに……、と、メイド長は再び涙ぐんで、そっと私の手を包んで握り、祈るように自分の額に当てて見せるのだった。
「すまない、皆、心配をかけた。なぜかわからんが、私は息を吹き返したし、今ユリアナが言った通り不調も感じられない。これこそ神のご意思であろうと思う。だからギュスターヴも、これから更に私を守る務めを果たすことで今回の責任を取る、という事にしてはくれまいか」
慣れないなりになんとなくそれっぽい事を言ってみると、腹パンのダメージから回復しつつある近衛長は目に涙を溜めて「お言葉のままにッ!!」と全身全霊の敬礼をした。
「私を狙撃した者の詳細は判ったのか?あの後どうなったのか説明してくれ」
前世ーーー、と形容するのが正確なのか判らないが、私の中で「自殺した現代日本の私」と「姫君エリザベート・クロノ」の記憶が同時並列し、そしてどちらも輪郭が不明瞭でところどころごっちゃになっていた。

しかしこの漲る気力はどうした事だ。
「自殺前の自分」では考えられないほど身体は軽く、熱量に溢れ、「狙撃される前のエリザベート」に比べると連日連夜の戦いによる疲弊も最早無く、失いかけていた希望が小さな火のように胸の奥に灯り、自分はなんだってできるという自信が謎の確信が湧いて出ているのだった。

ベッドの周囲で呆然としていたひとり、老いてはいるが矍鑠とした紳士が進み出た。この老紳士も軍服ではあるが、意匠が違うので近衛兵ではない別所属の軍人ーーーディーツ国が持つ軍の方のお偉いさんと思われた。
「姫君、その場に居た近衛兵によると姫君方の馬を狙った者達は手傷を負いながら全員逃走、エリザベート様を撃った狙撃手は相当な山奥から狙ったと見られます。おそらく『魔弾』の使い手かと」
「まだんとは?」
「狙撃の一発、或いは一丁に魔力を付与して飛ばしてくるものです。これほどの精度を持つ狙撃手はこの国には存在しません故、やはり敵国フォンセからの刺客が念入りにエリザベート様を亡き者としようと画策した、と考えるのが妥当な線でしょう」
要はメッチャすごいスナイパーという事か。
「残念だな」
「恐れながら、どういう事でございましょうか」
「我が国に『魔弾の射手』が居ない事だ。出来ることならスカウトして寝返らせたい。……まあ、他国からそれほど殺意を持たれる自分というのも、残念だ」
自嘲気味に笑うと、老兵は「それほど姫君は勇猛に働かれたのです。誇りに思われてよろしいかと」と静かに言うのだった。
ふいに、少し涙が出そうになった。周囲からのこの信頼感、愛情、そういったものを短時間で一度に受けて、このお姫様がこんなにも小さく華奢な体でどれほど戦ったか、疲れを見せずに側近をはじめ、おそらく国民をも率いてきたかという事が体感として解った。
「そうです!姉上は僕のーーー私達の希望であり誇りです!それに引き換え父上のあの仕打ちーーー……」
「アラン、父上への侮辱はならん」
「はい……すみません……」
アランはしゅんとなって俯いたが、その瞳は腹立ちに燃えていた。アランとエリザベートの実父であり、ディーツ国の王であるクランツ・クロノは、先日あろうことか祖国の主な拠点を差し出す代わりに母上を連れてフォンセ国境近くの城へ立てこもったのだ。
「いや、父上は自ら人質になって機を見ていらっしゃるのだ。国王が討たれては終わりだ。これも策のひとつだ」
そうでも自分に言い聞かせないとやっていられないーーー。
「さて、誰か私の軍装を持ってきてくれ」
「はぁ!?」
メイド長のユリアナが目を見開いたが、私はユリアナの手を力強く握り返し「敵国フォンセは確かに私を撃ち殺したと思っているのだろう?ならば、一刻も早くこの隙に邪魔な龍を討伐、軍備を整えてフォンセからの敵襲にも備える絶好の機会ではないか。龍はひとりで行くから、みんなは城やその他の国策の練り直しをやってくれ。また山奥からぶち込まれては敵わんしな」
よく見れば全員へとへとに疲れてるっぽいし、休んでおいて貰おうくらいのノリで言ったのに、皆「まじ?」みたいな顔をしている。
「早く動け!この私、エリザベートの命令が聞けんのか!?」
躊躇はあったが、この空気では怒鳴りつけるくらいでないと皆従ってはくれないだろう。
「……なんか、姉上、生き返ってからなんとなくいかつくなってるぅぅ……」
金髪ショタが目を潤ませているが、気にしない事にする。
「本当に、姫様、お体は大丈夫なのですね?信頼してよろしいのですね?」
唇を噛むメイド長、再び敬礼する近衛兵兵長、小さくため息を吐く老紳士、そして意を決したような貌の弟皇子、彼らを見渡し、「まあ任せとけって!」と私は笑って頷いた。


つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/22/190350