TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

オオサンショウウオの冒険

皆さんご存知でしょうが、京都には鴨川という大きな川が流れています。

そこには多種多様な生き物が住んでいて、オオサンショウウオ、というちょっと不気味だけれど愛嬌のある姿の者も暮らしているのです。

鴨川のある場所に、一匹のオオサンショウウオがおりました。
彼は生まれてこの方、他のオオサンショウウオを見た事がありません。
筆者はオオサンショウウオの生態にあまり詳しくないのですが、大方、小さい頃に親や兄弟ともはぐれてしまったのでしょう。

オオサンショウウオはある日「旅に出よう」と思いました。
仲間を探しに行こうと思いついたのです。
たいがいのオオサンショウウオというのは寂しがり屋な生き物ですから、彼もそういう、本能的な悲しみに取り憑かれたのでしょう。

彼はゆっくりと泳ぎだしました。
途中で、小魚の群れに会いましたので、「おーい、誰か、ぼくの仲間を知らないかい」と訊ねました。
「知らないよう」「ぼくも知らない」「わたしも知らない」
小魚たちは口々に答えて、行ってしまいました。

小エビさんにも会いました。
「ぼくに似た、ぼくの仲間を知らない?」オオサンショウウオは問いかけましたが、小エビさんは長い髭を撫でながら「さあ、見なかったねえ」と言いました。

オオサンショウウオはもっとずっと頑張って、大変長い間川の中を泳ぎました。
彼らはそんなに早く泳げる種族ではありませんから、長い距離を行こうと思うと、それはもう時間がかかるのです。

オオサンショウウオが一生懸命泳いでいる途中には、川辺で酒盛りをしている河童たちもおりました。
彼らは何かというと、ひとけのない時間と場所を見計らって、お酒を飲むのです。
「こんばんは」
「やあやあ、こんばんは」
「ぼくは仲間を探しているんですが、似たひとを見なかったですか」
「さあ、わからないねえ。台風の日なんかには、何匹か流されていくのを見かけるけれども」
それよりどうだい、君も飲んでいかんかね、と、陽気な河童の一匹が杯を差し出しましたが、あいにくオオサンショウウオは下戸でしたので、丁重にお断りして、再び川の中へ潜りました。

「でも、何匹か流されていくって言ってたから、居るには居るんだ」と、オオサンショウウオは思いました。

皆さん、親愛なる読者の皆さん、私はオオサンショウウオの必死な思いを考えると、少し涙が出てくるのです。
どうして神様は、彼に最初から仲間をお与えにならなかったのでしょう。
そうすれば、本当ならば、彼はこんなにもしんどい思いをせずに、安心して暮らせたはずなのです。
水族館のオオサンショウウオたちを見てご覧なさい。みんな積み重なってじっとまどろんだりしています。あれが本来の姿なのです。

オオサンショウウオはそれからも休むことなく泳ぎ続けました。
たまに気まぐれな川の流れに押し戻されて、悲鳴を上げながらひっくり返ることまでありました。

「やれやれ、疲れてしまったな」
オオサンショウウオは一休みすることにして、安全な川の隅っこへ体を寄せました。
しばらく休んでいると、夜の街並みがキラキラと遠くに見えました。
「ずいぶん賑やかなんだなあ」
オオサンショウウオは感心して呟きました。こんなに人間の街に近づくことは中々ありませんでしたから。
そこへ、急に水面からザブンと誰かの足が突入して来ました。
「だあれ」と、オオサンショウウオが水面を見上げると、そこには大きな白鷺が立っていました。

オオサンショウウオは知らない事でしたが、彼は大層やんちゃな白鷺で、あちこち飛び回るのは勿論のこと、たまに先斗町の真ん中で悠然としていたり、四条から三条へ行くまでの道路で人間の車を立ち往生させてタクシー運転手をカンカンに怒らせたりなんかしているのです。

「ああ、ごめんよ、気づかなかった!踏んでしまったかしら」
「ううん、大丈夫」
オオサンショウウオはプカリと川面に顔を出して答えました。
「君、ずいぶん大っきい鳥だねえ。ぼくの仲間を見なかった?」
白鷺はしばし考えこみました。
彼ぐらい色んなことをやっていると、ひとつの事柄を思い出すのは結構時間がかかるものなのです。
「うーん、見たのは見たけれど、どこにいるかはわからないなあ」
白鷺は言いました。
「も少し泳いでみたらどうかな。居るところにはいるよ」
「わかった。ありがとう」
オオサンショウウオはお礼を言って、再び泳ぎ出しました。

居るところにはいる、居るところにはいる……。彼は頭の中で白鷺の言葉を繰り返しました。
それはもうとても長いこと、彼は泳ぎました。
やがて朝日がさしてきて、鴨川はキラキラと輝きました。

皆さん、夜明けの鴨川というのは美しいものです。これは嘘ではありません。
もし、他の町の人が京都にお越しになることがあれば、そして夜更かしが得意な方であるならば、ホテルや旅館の窓なんかから、夜明けの鴨川を眺めてみることをおすすめします。

眩しいなあ、と、オオサンショウウオは小さな目をシパシパさせて、大きな橋の影へ入りました。
するとそこには大変魅惑的な窪みがあったので、オオサンショウウオは非常に喜んで、そこへピッタリと体を添わせました。
窪みは思った通り、とても居心地の良いものでしたので、彼は少し眠る事にしました。
「起きたらまた探そう」

まどろむ彼に、「おや、先客がいるぞ」と、誰かの声が聞こえましたが、眠くて目を開けることができません。

「ねえ君、ぼくも一緒にそこで寝ていいだろうか」
「いいとも、いいとも」
気の良いオオサンショウウオは、少し身を譲って、誰かさんを入れてやりました。

誰かさんとは何者でしょうか?
皆さん、驚くべきことに、それはもう一匹のオオサンショウウオでした。
ここまで真剣に泳いできた方のオオサンショウウオは「なんだかずいぶんぼくに似ているひとだなあ」とだけ思って、安心して眠りました。
もう片方のオオサンショウウオも、窪みに満足して眠っています。

双方が目覚めた時、孤独だったオオサンショウウオが大変喜んだことはここに書くまでもありませんが、書かないと読者の皆さんはホッとできないでしょうから、こうして書いておきます。
一匹と一匹のオオサンショウウオは、それはもう仲良くなりました。
あとからやってきたオオサンショウウオは、他の仲間も紹介してくれたりして、たったひとりだったオオサンショウウオは、やがて沢山の友達に恵まれるようになるのでした。

もし、鴨川で何匹かのオオサンショウウオがまったりと泳いでいたならば、それは彼らかもしれません。



このお話を書き終わるまでに、筆者のコーヒーはすっかり冷めてしまいました。またいれなおすこととしましょう。

作者がどうしてこのお話を知っているかというと、鴨川の近くに住む妖怪の一人に聞いたのです。
鴨川の近くには本当に色んな者たちが居ますから、そういう物知りな妖怪も居るのです。

「まあ、頑張れば、だいたいの孤独というのはどうにかなるものだよ」
彼は鴨川のほとりで煙草をふかしながら、そういう風に言って、このお話を語り終えたのでした。