TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

⑥(最終章)・⑦(エピローグ)

6.

翌日、エリザベートは僅かな近衛兵を連れてフォンセへ入国した。
ラストリア城はフォンセのほぼ中央に位置する。
魔弾を警戒して幾重にも魔術の盾を施したが、敵の気配は無かった。

一室に、父と母が居た。
王妃がにっこりとエリザベートに笑いかける。
「きっと来ると思っていました」

「親子水入らずの再会よ。ギュスターヴ、人払いを」朗らかにアナスタシア妃が言う。
「はっ!」
途端、ギュスターヴはアナスタシアを見てから抜刀し、瞬く間にエリザベート付き近衛兵三名を切り捨てた。

「ギュスターヴ!何をする!!」
ギュスターヴの瞳には濁りがない。正気で仲間を葬ったのだ。

「裏切ったのかギュスターヴ」
「裏切るもなにも、ギュスターヴは元々わたくし付きの近衛兵です。ライトニングの家はわたくしの生家から連れてきたのよ。忘れたの?」
優雅な声でアナスタシアは言った。
ギュスターヴはエリザベートの視線には何も言わず、刀を持ち直した。

「お前、お前何をしているーーー。これは何だーーー」
父王は困惑と恐怖をあらわにしている。
「うるさいわ」
アナスタシアはポケットから回転式の小銃を取り出し、クランツ王に向けた。
「母上!!」

「お前、何をーーー」
「さようなら、あなた」
母が天使の微笑みのまま発砲すると、父は額に穴を穿たれ、あっけなく床に倒れ伏した。
「母上ーーー」
「みんな邪魔なのよ。どいつもこいつも役に立たない、使えないわ。領土を汚染して魔族を焚き付けてもディーツは潰せなかった。フォンセの魔王にも魔力を貸し与えたのにみっともなく敗れた」
アナスタシアは迷いのない動作で今度はエリザベートに照準を合わせた。
エリザベート、手を上げて」
エリザベートは刀から手を離し、両手を肩の辺りまで上げる。

「母上、魔弾の射手は貴女ですね」
「そうよ」

アナスタシアは父だったものを見やった。
「わたくし、射撃は大好きよ。この人と猟に行くたび下手なフリしてあげたらこの人は喜んでたけど」
つまんない男よね、とエリザベートににっこりした。
「母上ーーー、なぜこの様な事を」
「なぜって、面白いからよ。面白くするためよ」
アナスタシアはキョトンとした。
「意味がわからない。乱心召されたか」
引き金が引かれ、銃弾がエリザベートの喉元を貫かんとしたが、エリザベートの指輪の最後の金剛石が砕け、エリザベートは魔術のバリアに守られた。

弾は跳ね返されて、遠くの床を砕いた。

エリザベート、口を慎みなさい」
一瞬無表情になった母は、また口角を上げて優しげな微笑みを作った。
「その指輪、お前を探知する為に着けさせたのに、あの魔女が作り替えたのね。リーナ・リーナ・パスカル。つくづく忌々しいわ」
「質問にお答え願いたい」
ふぅー、とため息を吐いて、アナスタシア王妃は銃口を上に向けた。
「わたくし、一国の王妃でいるのに飽き飽きしてたの。良き妻良き母を演じ続けて老いていくなんてつまらない。フォンセにディーツを落とさせて、新しい帝国を作りたかった。世界地図を描き換えさせるのよ。王妃なんてつまらない。どうせなら帝王になりたい。お前もつまらないわ。どうして?どうして言う通りに大人しくしてくれないの」
お前は、いつもそう……、と、言葉を紡ぐ間、母の顔はエリザベートにとって見知らぬ悪鬼の様に見えた。

「ちゃんと撃ったわ。わたくしの魔弾がそれることは無いの。なのにお前は生き返った。お前は本当にエリザベートなの?」

本当にエリザベートなのか、それはエリザベート自身もわからない事だった。
「私はーーー、昔のエリザベートでは無いかもしれません。神に魅入られたのです」
魅入られた。

そう、口に出してみるとそれは予想外にしっくりと来た。

首を吊ったあの瞬間、自分は神に魅入られたのだ。そして疲弊するエリザベートの魂を哀れんだ神に力を与えられ、ここまで来た。

「なにしろ昔より強くなりましたので」

不思議と心は平静だった。頭の中はかつてなく静まり返り、クリアな視界は再び銃を構える母の姿を見ている。
「アランはかわいいから生かしておく。お前は昔から可愛くないわ。可愛くないモノは要らない」
後ろには軍刀を構えたままのギュスターヴが居る。
助けを呼ぶ事もできず、エリザベートは孤立無援で両手を上げている状態だった。

ーーーしかしそんな事はどうでもよいーーー。
にわかにエリザベートの足元から風と共に魔力が吹き上がった。
エリザベート姫!妙な事はなさるな!!」
叫ぶギュスターヴに対して
「やだね」
と返すと、足元から噴出する魔力によってエリザベートの四方に四つの盾が出現し、彼女は上げっぱなしだった手をしれっと剣の柄にかけて抜刀した。
ーーーそんなことはどうでもよいのだ。火力には更に強い火力で対抗すれば良いだけの話ーーー!!

「母上、ご存知でしょうが、魔弾の射手は限られた数しか撃てないと相場が決まっております。残弾は何発でしょうか?」

うるさいわーーー、この城ごと吹っ飛ばしてあげる、と言うや否や、アナスタシアは頭上の空間に亀裂を入れ、大砲を呼んだ。
それはかつてアダン王の使った方法ではあったが、「貸し与えた」と言っていた通り、アナスタシア本人のそれは比較にならないほどの邪気と圧を持っていた

「来い!」
ギュスターヴが斬りかかってくる気配に対応してエリザベートは大砲に背を向けた。
四枚の盾が全て背後に移動し、大砲の衝撃からエリザベートを匿おうとする。
大砲が火を吹く前に、エリザベートはギュスターヴと切り結んだ。
ギュスターヴの一太刀はエリザベートの威力に跳ね返され、彼の右手はビリビリと痛んだ。

「姫、自分はーーー」
一時ではありますが、貴女にお仕えできて光栄でした。

彼はそう言うと、エリザベートを押しのけて前方へ跳んで出た。
「ギュスターヴーーー……」
ギュスターヴはそのまま万力を込めてアナスタシア王妃に斬撃を加えた。
「このッーーー」
王妃は手に持った小銃でギュスターヴを狙撃したが、その弾がギュスターヴの胸を貫くと共に、エリザベートはアナスタシアの側面に回り、真っ直ぐに剣を構えた。

「ギュスターヴ、そなたの忠義、見届けた。ーーー十割だ」
大砲がこちらを向き、衝撃が放たれたが、それはエリザベートの一刀によって彼女を中心に真っ二つに割れ、城の部屋の左右を木っ端微塵にした。

「おのれーーー!!」

「リーナ・リーナ!!」エリザベート姫の呼びかけに応えて、姫の背後から紫の魔女が現れた。
「リーナ!アナスタシア王妃の乱行、記録致したか!?」
「はい、しかとこの手の術式に」

リーナの身の周囲に、ついさっきまでのアナスタシアの残像が幾つもの画面として映し出され、古いフィルムの様にザラザラとノイズ混じりに展開されていた。

「そんなもの、最初から無かった事にすればいいだけよ」
アナスタシアは片手を上げて、大砲に魔力を注いだ。
大砲からは無数の錆びた手が伸び出し、見るもおぞましい様相となったが、エリザベートは決して怯まなかった。
一弾が放たれる。

「姫君、いくわよーーー」
「おうよ!!」

背後からリーナ・リーナが大規模な術式を広げた。
それはエリザベートの眼前に巨大な鏡となって広がり、鏡面にアナスタシア王妃と彼女の魔術を映した。
「なにっーーー」

一瞬、全ての時が止まったかの様な静けさが辺りを包み込んだ。
巨大な一撃は鏡の一ミリ前で静止し、それからそれらの衝撃はくるりと像を反転させ、王妃の元へそっくりそのまま返された。

王妃と共に城壁が粉砕された。が、まだ母は生きている。魔力の気配がする。
エリザベートは駆け出し、落ちゆく王妃の胸を見事、刀で刺し貫いた。

「御免」
ーーー十二割ーーー。
そうエリザベート姫は呟いて、全身から魔術式を放った。その一部は姫の背中に眩い光の翼となって羽ばたき、またその一部は刀剣から惜しげも無く放たれて、王妃の魔力と生命を完全に焼き切った。
「ーーー母上、ごきげんようーーー」
母の血しぶきを受けながら、エリザベートは悲しげに言って、やがてアナスタシアの遺体の傍らにふわりと着地した。

「姫君!」
背後からリーナに呼びかけられて、エリザベートはやっと刀を鞘に納めた。

「疲れた」

ーーーメイド長の、キャラメルフラペチーノが飲みたいーーー。
空を見上げて、姫はただそれだけを思った。

「アランに、父上と母上を会わせる事、叶わなかったな……」
「アンタがいるわ」

大丈夫、アンタがいる……、帰りましょうーーー。
エリザベートと、エリザベートの手を握って言うリーナ・リーナの肩に、ゆっくりと雨が降り始めていた。

7.(エピローグ)

彼女らは城へ帰った。
王妃の暴虐とその末路はリーナ・リーナ・パスカルと、リーナの弟子のエル・シュタイン他の魔術師達によって正史として世界に報じられた。

そして今ーーー。

「うん、美味い」
飛行艇の中でエリザベートはキャラメルフラペチーノを吸っている。
キャラメルフラペチーノに刺さっている緑色の細い棒状の物は、名前を「ストロー」といって、これもエリザベート姫の発案である。

「魔術で羽など生やさなくともこの方がラクで良い」
「お気に召しましたか」
飛行艇の中にはポーリシュの王子と、アラン王子、龍王などが揃って空の景色を満喫している。
「無論だ。科学技術は素晴らしい。この世界の魔術と合わせれば、より素晴らしい。この世に、つまらない事などあるものか」
エリザベートの言葉にポーリシュのパトリック王子は首を傾げる仕草を見せたが、柔和な表情のまま
「さて、次はどこをどうするおつもりでしたっけ」
と問うた。

「次はなーーー」
エリザベートは広げられた世界地図を前に楽しげにペンを手に取った。



これでこの物語は一旦おしまいである。
エリザベートは女王として即位し、偉人としても名を残すのであったが、それはずっと先の話である。
エリザベートの事を話す人々は後世まで彼女の事を「激つよの魔法少女」と呼んだとか呼ばなかったとかーーー。





special thanks,北窓君