TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

3.

ーーーああ、あの子が起きてしまったわーーー……。
早く寝かしつけないとーーー。

夢の中で、優しい誰かの声が聞こえた気がする。
私は天蓋付きの寝台で身を起こし、欠伸しながら思い切り伸びをした。
昨晩、遅くまで紫の髪の魔女とやり取りしていたせいでどうも疲れが抜けきらない。

「ユリアナ、おはよう」
「おはようございます、エリザベート様」
ユリアナに手伝って貰って、身支度を整える。
エリザベートの私服はどれも質素なものが多かったが、彼女に似合うように仕立て屋が頑張ったとみえて、可愛らしいパステルカラーにリボンやレース、花の刺繍のあしらわれた物も幾つかあった。
せっかくなので、薄桃色の生地に赤いリボンとフリルが大変愛らしいドレスを選んで着せてもらう。

……すごい。こんな甘々ロリータなお洋服がべらぼうにしっくり来るなんて……。

鏡で背後まで見て、感嘆する。
こちとら前世はパッとしない三十路の女で、こんな物を身に着けられる機会など一生かかってもあったかどうか。
朝日を浴びてキラキラと光る金髪を今日はツインテールにして貰い、「ザ・お人形さん」みたいなお姫様の出来上がりである。

朝食はオートミールの様な西洋粥に、香ばしいパン。何種類かの果物と、紅茶に似た風味の飲み物が金縁の食器で出された。
「この北の地ではこれくらいしかお出しできませんが……」
ユリアナは申し訳無さそうに言うが、十分ありがたい。
「果物はねー、僕も手伝って採ったんだよ!」と、共に朝食の席に着いているアランが言う。
「そうか。どれも美味かったぞ。しかし、その様に無防備に外へ出るのは心配だ」
「姉上の気持ちもわかるけどーーー」と、弟は不服そうだ。
「剣術や、射撃の訓練も増やして貰ってるんだ。今は背丈も小さいし力も無いけど、もっと強くなって姉上と一緒に僕も戦えるようにする」
「頼もしい。しかしアランは頭も切れるから、座学での伸び代も期待したいところだな」
任せて!とアランはニコニコしている。この様な窮地にあっても屈託ない表情を見せる彼は、度胸と根性も十二分に座っていると思われる。

そこへユリアナが「試作品ではございますが、御要望の物をお持ち致しました」と、銀の盆にガラスの容器を乗せて入って来た。
「キャラメルフラペチーノ!!」
私は歓喜の余り悲鳴を上げた。
はたしてそれは、昨日たどたどしくユリアナにレシピを伝えて製作にかかって貰っていたキャラメルフラペチーノであった。
「うん!素晴らしい!!」
飲み物と言うよりシャーベットの形に近かったのでスプーンを使って食すが、非常に甘くて美味い。キャラメルの風味もよく出ている。
「もうちょっと生クリームの比率を多くして、ティーカップに入れてもらえると良いかもしれない」
なあにそれ、と身を乗り出して来たアランにもひと匙掬って口に入れてやる。
「あまーい!おいしいー!」と、アランも気に入った様子だ。
「かしこまりました。きっとお気に召す物をお作りしますわ」
ユリアナに褒美を取らせなければ。何がいいかな、と満足しきった私は機嫌良く考えを巡らせた。

昨晩の話もしておこう。
インパクト大の乱入者により会議は無事に中断され、私は紫色のオネエ系魔女に自室へ連れていかれて診察の様なものを受けた。
「アンタそのまま魔力使い続けたらまた死ぬわよ」
「まじか」
「たまにいるのよね〜、神様から魔力を授かったからって調子こいて使い続けて、短期間でガス欠起こしたり頭の血管切れたりする子が」
「解決策はあるのか?私はどうすればいい」
「まあ、テンション上がっても我慢して六割くらいで使いこなすことね」
六割……六割……。と呟いてイメージする私。
「ところで神様とはなんなのだ」
「あら、政治的な質問?」
「いいや、いち魔術師としての君の私見で良い」
「難しいわね〜。カミサマはカミサマよ。気まぐれに奇跡を与え、ワタシ達をこんなバラバラの姿に創ったり急に壊したりするモノよ」
「奇跡……」
お姫様が蘇ったのも、ま、奇跡よね。と魔女はドライに片付けた。
「なにか役目があるんでしょうよ。その膨大な魔力の出処は、アタシにも見当がつかないわ」
私がここにこういった形で存在するという事は、エリザベート姫の魂は何処へ行ったのだろう。
解らないが、身体を預かっている上は、彼女の希望を叶え、彼女が愛してやまなかったと書かれていた祖国に平穏を取り戻したい。

「ーーーその指輪だけど」
「これがどうかしたか?」
右手から指輪を外して渡してみる。
紫の魔女、リーナ・リーナは指輪を摘み、目をすがめる様にして金剛石の部分を見つめた。
「魔力反応があるけど、アナタの物じゃないわね」
「そうだ。それは母上のーーー……」
「アナスタシア・クロノの魔力だわ」
「なぜ知ってる」
「アンタのお母さん、国一番の魔女じゃないの。知らない方がおかしいわよ」
「国一番は君じゃなかったのか?」
「彼女、国境に連れられてったじゃない。最早不在よ。だから今はアタシが国一の魔女なの」
「なるほどな」
フォンセだって、国王よりむしろアナタの母親の魔力を無効化したかったんじゃないかしらね……、と、リーナ・リーナは呟いて、なにかしら考えている様子だった。
「ちょっとこの指輪、預かっていじってもいいかしら?悪いようにはしないわ」
目の前の魔女から悪意や邪気は感じられない。
大事なものとはいえ、今の所はただの「お守り」にすぎない。私はリーナ・リーナを信じる事にして「許す」と言った。
「どういじるのだ」
「もっと物理的にアナタを守るように構造を作り変えるわ。お姫様に危機が迫った時に防御装置としてはたらくように。その方が便利でしょ」
「よきにはからえ。あと、私に回復魔法の使い方を伝授してくれ。うちの見込みのありそうな衛生兵達にも頼む。近々戦争したいのでな。無論、報酬は頑張れるだけ頑張る」
アタシはがめついわよ〜、搾れるだけ搾り取るわ。と言う魔女と握手する。

こうして、私は応急手当ての仕方を得、今までお粗末であったディーツ国の医療の向上という進捗を買い取る事に成功した。

「やあチェーザレ殿!ご機嫌如何かな?」
「……何用か」
「もう切りつけたりはせんからそうビクビクするな」
「ビクビクなどしておらぬわ!!」
怒って机を叩く龍王を「すまんすまん」と宥め、「頼み事があるのだがーーー」と切り出す。
部屋には老隊長クラフト氏と、龍王と私の三人しかいない。誰も近寄らせるなと使用人達には指示してある。
「戦局を動かしたいというだけのつまらん話だ。クラフトさんのお陰でうちの総力がどのくらいか、どこを取り返せばオセロがひっくり返るのかという事は大体理解した」
クラフト隊長が黙って机の上に世界地図を広げる。
「おせろ……?」
「私が考え出した素晴らしいゲームの事だ。二人が向かい合って、盤上で白黒の駒をクルクルするんだ」
まあオセロはいい、私がやりたいのはーーー、と言いかけて、私は急に立ち上がり、全速力で走って扉を開けた。
「ギュスターヴか。盗み聞きは良くないぞ」
部屋の前にはギュスターヴが銃剣を装備した軍装で立っていた。
「失礼致しました!いついかなる時も姫を護衛するのが自分の務めであります故!この上は自害を!!」
敬礼してでかい声を張り上げるギュスターヴを「それもういいから。今回は護衛はいいんだ。下がってくれ」と追い払い、席に戻る。
「あいつちょっとストーカー気質なとこあるなあ」
と溜め息を吐くと「おおよそ、あの男もお主の事が好きなのだろう。従者に慕われて、良い事ではないか」とチェーザレが言った。
「あの男"も"?」
「ええい!いいから本題に入らぬか!」
急に真っ赤になった美形の偉丈夫が面白くてニヤニヤしてしまうが、クラフト隊長も忙しい身なので端的にこちらの策と希望を述べる。
「できぬことは無いが」
「が?」
「条件がある」
「どうぞ」
「龍の一族の間で、最近妙にそなたが人気なのだ。領土も見舞金もたっぷり確保してもろうた上、我の頭を切り落としたという事でな。魔物や妖魔は基本的に強いものを好むが、龍は特にそうだ。一度、我が領土へ参られよ。そなたを伴って参れば我の株も上がるというもの」
「まるで花嫁の顔見せではござらんかーーー」ウフフと笑うクラフト隊長。
更に真っ赤になりながら「笑うな!」と人の形のまま火を吹きそうな勢いの龍王に、
「全然よいぞ」
と声をかけると、彼はすぐに息を整えて嬉しさを噛み殺したような表情をし、では手伝わせて頂こうと述べた。
「おせろとやらもやりたい」
「了解した。紙とペンがあれば作れる代物だ」

その後オセロが魔族達の中で大流行し、職人らの手によって意匠を凝らしたオセロ盤と駒が量産され、巷の人々をも楽しませる事になるのだが、それはまた別の話。


それから数日後の夜。
フォンセの主要な軍事基地の三つが相次いで落とされた。
フォンセ軍の兵は大部分が捕虜となり、それぞれの将は討ち死に、または自害の最後を遂げた。

捕虜となった兵の一人曰く、夜半、突如として飛来した魔族達による焼き討ちに遭遇して為す術なく蹂躙されたとの事。
そして何より恐ろしかったのが、一人の金の髪の少女が黒い龍の背中から飛び降りたかと思えば魔力を帯びた剣を振るい、辺り一帯を焦土と化した事であるらしい。その恐るべき光景に大半の者が浮き足立ち、また戦意を喪失した。
更に聞いたところによるとその少女、
「……六割……六割……」
とずっとブツブツ呟いていて大変気味が悪かったとの事である。



つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/074639

今日のまとめ。アラン君の日記②→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/23/201215