TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

花冠

昔ある国にひとりの王子様がいました。
この王子は大変聡明で心優しく、また武術にも優れたひとでしたが、ひとつだけ困った病を持っていました。
人々は「眠り病の王子様」と彼のことを呼びます。
子供の頃から王子にはどこでもいつでも寝てしまう、そういう変わった持病があるのでした。

有名な医者にみせても薬師を頼んでも、良くなる様子はありません。
会議中にはいきなり机に倒れ伏してしまうし、食事中でもお皿に顔をつっこんでオートミールをぐしゃぐしゃに零してしまいます。

ある日、魔法使いのおばあさんがお城にやって来ました。
彼女は注意深く王子を観察し、色々たずねるなどしたあとで、「王子の頭の奥に眠りの妖精が住み着いてるようなものだから、これは仕方ないねえ」と言いました。

「まあ、寝てるも起きてるもそんなに変わりはないさ。あまり気にしないようにすることだね」

家族や家臣たちはおばあさんの言葉になんとなく納得したので、それ以来「あまり気にしない」ようにしました。
注意したのは強いていえば、せめて王子が起きた時に気分の良いようにと城じゅうに花を飾るようにするくらいでした。---このため、民たちは花のお城と呼んで、城下にも花売りがたくさんいるようになったのですよーーー

さて、王子には婚約者がおりました。
となりの国のお姫様で、笑顔の可愛らしい優しい女の子です。
二人は大変仲睦まじく、姫は王子の病もそれほど気にすることなく過ごしていました。
彼が眠ってしまっても、姫は何も言わずに本を読んだり刺繍をしたりして過ごすのでした。

ある日、二人は森の近くの丘にピクニックに行きました。
雲ひとつない良い天気で、心地よい風が吹いています。

「ご覧になって、シロツメクサがこんなにいっぱい」
二人は丘の上に座り、姫の持ってきたお茶を飲んだり、草むらからたまに頭を覗かせる野うさぎを愛でたりと、楽しい時を過ごしました。

王子に花冠を編んで差し上げましょう、とお姫様は思いました。きっと彼のふわふわした栗色の髪に良く似合うはずです。
彼女は形のよいシロツメクサを探して摘んでくると、白い指を器用に滑らせて小さな王冠を作り始めました。

王子はしばらくニコニコとその様子を見ていましたが、ある時ふと妖精のいたずらの気配を感じ、静かに眠り込んでしまいました。

「できたわ。ねえあなたーーー」
お姫様は小さな花冠を両手に捧げ持って、王子の方を振り向きました。

王子はすっかり眠ってしまっています。ああ、また妖精の仕業ね、とお姫様は思い、花冠を膝に乗せて空を眺めました。

ピィピィと鳴きながら小鳥が飛んで行きます。 丘の上は相変わらず穏やかで、少し離れた場所に停めた馬車や従者も呼ばなければやっては来ません。

ふいに、お姫様の目から大粒の涙が転がり落ちました。
どうしてでしょう。胸が痛く、ひどく悲しいのです。
なぜ自分が泣いているのか姫は涙を零しながら考えました。
こんなにも良いお天気なのに、隣の愛しい人とそれを語り合う事ができないのが悲しい。目覚めていたならきっと私の作った花冠を褒めて下さったに違いないのに……。
体は隣にあっても、いま王子は遠く遠くにいるのです。これが悲しくなくてなんでしょう。本当に寂しい事だとお姫様は思いました。

姫がしくしく泣いていると、森からゆっくりと小さな人影がやってきました。
魔法使いのおばあさんです。
「おやおや」とおばあさんは言って傍に来ると、節くれだった指でお姫様の頬の涙を拭ってやりました。
「もうすぐ起きるから、そんなに泣きなさんな」
お姫様はこくんと頷きました。

その日、お姫様が自分のお城へ帰った後に王子は目覚めました。
ずいぶん長いこと眠ってしまったなぁ、と王子は思い、姫に申し訳ない気持ちになりました。
ふと見ると、枕元に美しい花冠が置いてあります。
「これはあの人が作ったのだね」
少ししおれかけてはいますが、丁寧に編まれた花冠は十分可愛らしいものでした。

彼はお礼の品を考えました。 実は王子様は銀細工を作るのが大変上手いのです。
それから少しして、王子様はシロツメクサの小さなブローチを作ってお姫様に贈りました。

銀のブローチはしおれることなく、いつまでもお姫様の宝箱できらきらと輝き続けたそうです。