TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

5.

爆砕された城の上でエリザベートは吐血した。
傷ついた内臓を即座に回復魔法で修復し、次の攻撃に備えるが、相手はじっと立ったままだった。
「貴様!強襲とはいい度胸だ、かかって来い!」
血反吐を手の甲で拭い、エリザベートは愛刀を構え直した。

たった数分前の事だった。
いよいよフォンセの主城におもむこうとしていたエリザベート姫と、付き添う覚悟の龍王チェーザレは居城の中央の部屋でメイド長とアラン王子に別れを告げていた。
「必ず戻ってくるーーー」
アランにそう言おうとして、姫は遥か上空の大気の異変を感じ取った。
チェーザレも同じく、龍の姿に変身してアランとメイド長をその強固な翼の下に庇う。

ーーー良くないものが来たーーー。間に合わないーーー。

一瞬にして、城の一部が上から押し潰される様に大破した。

姫が魔力で装甲を造ろうとするより早く、指輪の金剛石の一つがバシッという音と共に砕け、多くの魔法陣の模様を纏った卵形のバリアがエリザベートの体を衝撃と瓦礫から守った。
「う……っ」
身を起こすと、「アラン!ユリアナ!」と二人を呼ぶ。
「姉上!」
二人とも埃にまみれ、擦り傷が多数見受けられたが、龍王の硬質な身体に守られ、大事は無さそうだった。
龍も頭をブルリと振って破片を払う。
「二人を連れて隣の砦へ。私は一人で良い!」
『承知』
龍が二人を連れて飛び去るのと同じくして、味方側の兵が何事かと外からも内からも出てくる。
「負傷者の救助を急げ!直ちにエル・シュタインを呼べ!次の攻撃に備えろーーー」
兵達に指示を飛ばすと、再び上空から殺気を感じた。
「盾(シールド)!」
今度は間に合った。
姫は魔法で巨大な半透明の盾を形作り、間近にいた兵達を無傷で逃す事に成功した。
瞬時に変身して抜刀する。

城には敵襲を探知し、防ぐための大規模な術式がかけられていたはずなのに、こうも早く無効化されるとはーーー。

「出てこい!私はここだ!」
背中から銃を抜いて、夜空へ発砲する。
黒のマントを着た何者かがエリザベートに向かって突っ込んできた。
強力な武器がぶつかり合うガァァンという音共に、激しい閃光が走った。
閃光の中で、エリザベートは相手と剣を交わしながらその姿を見た。
フォンセの軍服ーーー。
しかもこの意匠と胸元に飾られたバッジはーーー。

「フォンセの国王とお見受けする」
「いかにも。余はフォンセの国王。お前はエリザベートだな?」
「違うと言ったらどうする」
重い剣撃をなんとか打ち流しながら、エリザベートはニヤリと笑って見せた。
「いいや、余は人違いはせぬ。お前はエリザベート・クロノだ」
当代のフォンセの国王は、名をアダン・オーギュスト・フォンセといい、フォンセ軍の総帥でもあった。
魔術にも秀で、圧倒的な火力を駆使する事から「フォンセの魔王」とも呼ばれる。
練られた筋力から放たれる一撃一撃は重かった。
エリザベートは彼の灰色の瞳を見返し、
「御大将自らお越しとは、余程切羽詰まっておられると見た」
と煽ってみるが、彼はつまらなさそうに足元の石を蹴り、
「違いない」
と答えた。
「確かにお前は死んだはずだ。死者に拠点を相次いで落とされ、更にこちらに南進されては後がない。死者にはここできっちり死んでもらう」
歌うように言って彼が片手を上げると、背後の夜空に亀裂が入り、二門の大砲が現れた。
エリザベートは盾を作った上で飛び退るが、それすら予想の範疇とみえて、更に三門に増やされた大砲が火を吹いた。

爆砕された城の上でエリザベートは吐血した。
「貴様!強襲とはいい度胸だ、かかって来い!」
勇ましく言って愛刀に十分魔力を吸わせ、敵の間合いに入って薙ぎ払ったが、相手の大剣がそれに勝る強さで跳ね返した。
このままでは耐えきれずに刀が折れる。

火力、対、火力では埒が明かないーーー。

鍔迫り合いは長く続いた。
「八割!」
エリザベート姫はそう叫んで、敵の腹部目掛けてたっぷり魔力を乗せた刀剣を片手で振るった。
余りの強さと放熱に、アダン王も両手の万力で剣を持ち、受けざるを得ない。
そこへエリザベートはもう片方の手で銃を構え、王の額にぶっぱなした。

だめかーーー。

弾道は惜しくも王の頭部をかすって消えた。
今度は王の大剣が姫の頭部へ振り下ろされた。
直撃は免れたが、急ごしらえの盾も打ち破られ、視界が揺れる。もう次は防げない。

こんなところで終わるのかーーー。転生して強くなっても、上には上がいるのかーーー。

「エリ様!しっかり!!」
ぼうっとしたまま顔を上げると、チャラ男の薬師、エル・シュタインがよろけるエリザベートを抱えて盾を展開していた。
次に天空からアダン王へ火が降り注いだ。

チェーザレ、帰ってきたのかーーー。

黒龍の集中砲火に加え、瓦礫の死角から様子を見ていた兵士達がここを先途と弓矢や銃撃を浴びせた。

「これ、気つけ薬。飲んで」
エルに小瓶を渡され、ぐいと飲み干すと、清涼な味が口の中に広がった。
それは優しく胃の腑に落ち、じわじわとだが確実にエリザベートの魔力と気力を補填するに至った。
「エル、あぶないーーー……」
遠くに燃え盛るアダン王の、自暴自棄ともとれる一撃が構えられるのが見えた。

「ーーー!!」
誰かが何かを叫んでいるが、目の前が真っ白になった。
意識が途切れる直前、龍の背中の上から誰かが飛び降りてきて敵王の背中に槍を突き立てるのが見えた。

エリザベート様!」
「姫!!」
抱え起こされると、そこには悲壮な顔のギュスターヴがいた。
「あ……」
「お気を確かに!!」
「アダン王はどうなった……」
「虫の息です。捕縛しております」
傍らを担架が通って行く。担架から特徴的なアッシュグレーのツンツンした髪が覗いていた。
「エル!」
「大丈夫です、重症ですが、死んではいません」
起き上がると、瓦礫の中に鎖で繋がれたアダン王が見えた。
目の前まで近づくと、軍衣ごと体は焼け焦げ、銀の槍が背中を深々と貫いていた。
「姉上!」
「アラン……お前が投げたのか……」
槍にはディーツの紋章が彫られている。
「はい。龍すら殺す毒を塗ってあります。長くはもちません」
「強くなったな」
泣きそうな顔で俯くアランの金髪は、所々焼け焦げてクルクルになっていた。

更に近づくと、アダン王が途切れ途切れに何かを言おうとしている。
「見事……」
介錯は必要か」
「頼む……。
城へ行けーーー本国のラストリア城に、お前の両親を呼んである……、返還するーーー」
フォンセはこれでもう仕舞いとしよう。
それがアダン王の最後の言葉となった。

アランが堪らず目を背けた。
エリザベートの剣の一閃により、王の首が落ちた。

ターーーン……。
遠くで銃声が鳴った気がした。それはエリザベートの脳の奥で鳴った物かもしれなかった。
ビシリ、と音がして、指輪の二つ目の金剛石が弾け飛んだ。
卵形のバリアが再び姫を包み、彼女はその中から「魔弾」を見た。
それは今度はエリザベートの眉間を正確に狙って放たれたものであった。
しばらくリーナ・リーナの仕込んだバリアの魔法陣と拮抗して食い込む様な気概を見せたが、ある瞬間呆気なくポトリと地面に落ちた。

「魔弾の射手か!誰か追え!!」
ギュスターヴが叫ぶ。

「これはーーーこの魔力の気配はーーー」

エリザベートはそのままずっと佇んでいた。ボロボロになった城の上で。兵士達の喧騒の中で。びゅうびゅう言う夜風にキュロットスカートを翻して。この世にたった一人残された様に。


つづく
次(最終章)→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/27/175716

今回のまとめ。アラン君の日記⑤→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/180621