TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

贈り物

昔昔、ある村落にそれは愛らしい少女がいた。
彼女は大きな農家の一人娘だった。
栗色の巻き髪に、薔薇色の頬をした心優しい娘である。
村人や、家の使用人たちは彼女の事を親しみを込めて「お嬢様」と読んでいた。

ある日、家に新しい使用人が雇われた。
それは痩せて顔色の悪いゴブリンの青年だった。
お嬢様の父が、村の巡回の際に拾ってきたという。

ゴブリンなど気味が悪いと他の使用人たちはいい顔をしなかったが、さりとて追い出すほどの非道な者もいなかったので、ゴブリンの青年は間もなくこの農家で下働きとして勤め出した。

彼は大変働き者だった。
確かにこの地方のゴブリンならではの無学さと常識のなさ、不器用さで他の使用人に嘲られる事も度々だったが、それでも彼は吃音気味の口調で挨拶する事を覚え、むしって良い植物とそうでない植物を覚え、屋敷の裏の、急勾配な転びやすい坂をどうしたら転ばずに進む事ができるか、考え考えよく働いた。

とある晴れた日、ゴブリンはお嬢様が牧場の隅の生垣を覗き込んでいるのを見かける。
どうしたのかゴブリンがいつもの吃りがちな口調で訊ねると、お嬢様は「子猫がいるの。ほらあそこ」とニコニコして指さした。

生垣の中にはこっぽりとした空間ができていて、その中にはミャアミャアと鳴く子猫が四匹ほど蠢いていた。目があいたばかりのようである。
お嬢様は手を伸ばしてその中の一匹をそっと撫でた。
「可愛いわ。私、あらゆる毛皮の中で子猫の毛皮が一番好き。ふわふわしていて、触るととても幸せな気持ちになるんですもの」
お嬢様はまだ幼さの残る声でそう言った。夕日が彼女の横顔を照らし、それは一枚の絵画のように見えた。

その日以来、ゴブリンの青年はこのお嬢様に大変な尊敬と恋慕の情を抱いてしまった。
あの人間の可愛い女の子に、なにか贈り物をしたいと彼は思った。
なにかーーー彼女がまた微笑んでくれるものをーーー。

それからしばらくして、他の使用人たちはゴブリンの青年が昼間の仕事の他に何かをやっている事に気づくが、そんなに関心を示す事はしなかった。
ゴブリンなどに構う理由は無かったし、みんななんやかんやと忙しかった。

生垣の子猫はいつの間にか消えていた。お嬢様は残念そうにしたが、大方、人間に気づかれた事に機嫌を悪くした母猫がどこか別の隠れ家へ運んでいってしまったのだろうとお嬢様の父は慰めた。

とある夏間近の日。
その日はお嬢様の誕生日で、屋敷では簡素だが温もりのあるパーティが開かれた。
夜になって庭へ散歩に出たお嬢様は、ゴブリンの青年が何かを抱えてモジモジとこちらを伺っているのに気づいた。

「どうしたの?」
あの、あの、ーーー贈り物があって、と、ゴブリンは吃りがちに言った。
暗がりでゴブリンが差し出した物は、一見織物か何かに見えた。
「嬉しいわ、ありがとう。これはなぁに?これは……」
ゴブリンから渡された物に触れたお嬢様は、とても柔らかいものだわ、と思い、それを広げてまじまじと眺めた。

はたしてそれは沢山の子猫の毛皮を剥いで作られた小さなマントだった。一部には、あの生垣で見た縞柄の模様まであった。
お嬢様はそれに気づいた時、数秒間息を飲み、電流を流されたように毛皮のマントを投げ捨てた。そしてそれからひどく長い悲鳴を上げた。
父や使用人達が何事かと集まってくるのに時間はかからなかった。

ゴブリンの青年は慌てふためきながら、これは百匹の子猫を使って大変丁寧に作った物である事、とても手間と時間がかかったこと、でも子猫がよく生まれる時期だから間に合った事、マントが嫌なら敷物として使えば寝心地も良いと思う、といった事を一生懸命お嬢様に説明した。
お嬢様は話を聞くどころではなく、やがて泣き出して父に付き添われ屋敷に連れて帰られた。

ゴブリンは使用人たちに酷く罵られ、背中を鞭打たれて村を追い出された。
彼にはよくわからない。なぜお嬢様があんなに自分を怖がっていたのか。
こんなに頑張ったのに、なぜ喜んでくれなかったのだろう?
子猫の毛皮は確かに柔らかいし、それを触っている時幸せになると彼女は言っていた。それは嘘だったのだろうか?ーーー

彼にはよくわからない。なぜなら彼はゴブリンだったし、人間と接するのもこの村に来るまで経験の無かった事だから。
彼は痛む背中と共にヨタヨタと歩いて村を出ていった。それ以来彼を見た者はいなかった。

はて、と筆者は考えてしまう。
子猫の毛皮でできたマントーーーもしくは敷物ーーーなんて筆者も書いていてゾッとするが、だからといってこのゴブリンの青年を責め立てる気にもならないのだ。
彼は彼女が望む物について大変無知で浅薄であった。しかし誰より彼女が喜ぶ物を考え、寝る間も惜しんでそれを作ったことも事実である。
哀れな若いゴブリン。無論、いっとう憐れむべきは訳もわからず摘み取られた子猫達とその親猫達なのだがーーー。

お嬢様はその後、屋敷の庭に石を積み、子猫達を悼むために小さな墓を作った。
彼女は自ら育てた薔薇を小さな手でその墓に供えたらしいが、私は寡聞にしてその場所を知らない。