TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

4.

「あいつは一体何をやってるんだッ!」 フォンセとディーツの国境、ミストラ城の一室に、ヒステリックな男の声が響いた。
エリザベートは、私たちの身をなんだと思っているんだ!ディーツの要塞を一晩に三つも落とすだと!?我々まで殺す気か!!」
黒檀の机を拳でガンガン叩き、顔を真っ赤にして怒鳴っているのはエリザベート・クロノの父、クランツ・クロノであった。
「そのように興奮されてはお身体に触りますわ、落ち着いて……」
「落ち着いてなどおれるか!」 エリザベートによく似た金髪を持つ優しげな女性が窘めるも、怒鳴り返されて「キャッ」と小さく悲鳴を上げる。
彼女はエリザベートとアランの母、そしてクランツの正妻のアナスタシアである。
まだフォンセ本国から何か言われた訳ではなかったが、「両親など煮るなり焼くなりせよ」と言わんばかりのエリザベートの暴挙ーーーディーツ国内から見ればこれ程の勇姿と言える物はなかったがーーーが早馬で知らされ、父王は追い詰められた小動物の様に狼狽した。
「なんとかなりますわ……。まだ、きっとなんとか」

あの子はきっとここへ来るでしょうーーーもうすぐにーーー。
アナスタシア王妃はそっと呟いて曇天に沈む窓の外を見た。

「姫様、お具合はどのようでしょうか……?」
「うん。だいぶ良くなった。ただの熱だ」
メイド長・ユリアナを安心させ、エリザベートは微笑んだ。
北部の城から一斉に南進し、三つの要塞を手分けして無力化する事にはなんとか成功した。
しかし甘く見ていたのが、龍の背に乗って長時間上空を飛行する際の寒さだった。
「これはいかん」と、通常の防寒服に魔力で更に防寒の効果を高めたが、敵地でどの程度魔力を消費するかわからない為に、少しでも力を温存しようと暖房をケチったのが悪かった。
彼女は手始めに最も大きく兵力が高いとされる拠点に「龍のダイナマイト攻撃・エリザベート姫の魔力添え」をぶち込んで、大型の武器を潰して回り、頃合を見て次の二箇所へも高速で移動した。
夜襲に対して粘り強く応じてくる敵方をこちらも相応の火力で捩じ伏せたが、明け方に祖国の城へ帰還して間もなく、エリザベート姫の顔が不自然に桃色な事に気づいたメイド長により、彼女は昼過ぎまで寝室に軟禁される憂き目に遭った。

「大げさだ。そのままフォンセ本拠地に攻め入る事だって不可能ではなかった」
と、強がってみるも、その端からコホコホと咳をする。
「ダメに決まっておりますでしょう。リーナ・リーナ様直属の薬師をお呼びしました」
ユリアナが連れてきたのは、チャラ男だった。

「チョリーッス。お初にお目にかかりまぁす!
薬屋のエル・シュタインっスー!」
そう言いながら大股で現れたのは、チャラ男としか形容し様のない青年だった。
アッシュグレーの髪をツンツンに立て、耳にはずらりとピアスが並び、全ての指に所狭しとシルバーを着けている。
道化の様な口ぶりとは裏腹に、薄い水色の瞳は興味深そうにエリザベートを観察していた。
「お〜!マジモンのお姫様じゃん!ゲロかわ!!」
「なんだ、リーナ・リーナといい、この国の医療関係者は強烈じゃないといかん法律でもあるのか?」
エリザベートは眉間に皺を寄せるが、薬師のエル・シュタイン氏は傍らのユリアナに軽く一礼してからスーツの内ポケットに手を入れ、小さなベルベットの巾着を差し出してきた。
「リーナ師匠がぁ、名刺代わりに持ってけって言ってましたー!」
「おお、これは確かに私の物に相違ない」
何故か若干土台の銀の部分の形が派手になってはいるが、巾着から出てきたのは王妃アナスタシアがエリザベートに持たせた「お守り」の指輪であった。
「最初ダサかったんでぇ、俺が師匠に頼んで加工を手伝ったっす!」
「ダサいは余計だ」
サーセン
チャラ男は舌を出してVサインを作った。無礼極まりないが、なんとなく憎めないキャラな上に、指輪の魔力もきちんと強くなっている。
エリザベートはそのまま右手の薬指に指輪を嵌めた。
「エリ様、熱出したってまじー?診察しろって命令だからちょっと診とくねー」
「エリ様ってなんだ」
エリザベート様だからエリ様。エリとエルって似てるねー!ウケるー。あー、喉腫れてるわぁー。貧血とかは無いねぇー」
見た目を裏切る手際の良さで診察を進めるチャラ男薬師。
最後にエリザベートの額に人差し指でスルスルと小さな魔法陣を描くと、それはちょうど良いサイズの湿布になり、姫の額に張り付いた。
「つめたっ」
「それ、熱冷ましの湿布ね〜。日が沈んだら剥がしていいしー、軽い風邪だし、喉には回復魔法かけるしねー。ハイ、お大事にッス!」
エルは喉にも幾つか術式を施し、エリザベートの様子が良くなったのをきちんと見届けると、
「俺、今日からエリ様の主治医になるっぽいからなんかあったら呼んでぇ〜」とウインクしてからさっさと部屋を去って行った。

エリザベートの大暴れのお陰で、来客が多くなった。
「姫、隣国から渉外が来ました」
「またか」
「今度は大物ですぞ。ポーリシュ国の第二王子です」
「おお。やっとだんまりに飽きてくれたか」
地理上、ディーツの国は二つの大国に挟まれる形で存在した。
西にフォンセ、東にポーリシュがあり、長らくポーリシュはドンパチを始めたディーツとフォンセ、どちらにもくみしないという立ち位置にいた。

「お待たせして大変申し訳ありません。エリザベート・クロノです」
来賓室へ急ぎ、優雅に挨拶をする
「ポーリシュから参りました。国では主に外交を担当しております。パトリック・ピウスツキーです」
立ち上がって握手に応じたのは、仕立ての良い青い貴族服に身を包んだ柔和な雰囲気の男性だった。
体格は中肉中背、赤みの強い鳶色の髪に、常に笑っているような目から優しげな茶色の瞳が覗いた。
「早速ですが、先日の貴女の猛攻に惚れ込みましてね。我が国にもぜひエリザベート様の応援をさせて頂きたい」
ニコニコと笑って言うパトリックだが、内容は結構過激な事を言っている。
「そうするとフォンセはポーリシュ国にとっても敵となりますが、宜しいのですか」
「いやあ、ぶっちゃけ、長年そちらが抑えていて下さったからよかったものの、今や増長したフォンセは目の上のたんこぶでね」
うちは科学技術は比較的発達していますが、お恥ずかしい話、フォンセとやり合う体力なんて全然無いんですわ、と、出された茶をなんの躊躇いもなく飲みながらパトリック王子は述べた。

ふーむ。

「応援は是非ともして頂きたいが、こちらが勝った暁には何をお礼に差し上げれば宜しいのでしょう?」
「ひとまずディーツとポーリシュは未来永劫仲良くしてケンカしない、という約束と、フォンセの領土と資源を少しばかりくれると嬉しいかなあ、というのがポーリシュの意見です」
少しばかり、の内訳が結構重要なのだが、概ねエリザベートにとって渡りに船であった。
ポーリシュは武器を使う事は不得手かもしれないが、財源が豊かである上に武器を作る事には非常に長けていた。今まで他国が手を出す事を躊躇うほどに。
「最高です。仲良くしましょう」
「やったー!詳しい文章も持って来てますから、ちょっと一緒に見て下さい。これはちょっと……、という内容があれば国に持ち帰って再検討してきます。我々ポーリシュ人の合言葉は『目指せ!世界平和!』なのです」
パトリック王子はパッと破顔し、いまひとつ腹は読めないがフレンドリーな雰囲気のまま、従者に書類を出させた。
飛行艇とやらができると聞きましたの。乗せて下さる?」
「もちろんですとも。その折には私も御一緒したいものです」
こうして終始両者にこやかに、しかし細かなやり取りを踏まえた後、ディーツはポーリシュという強力な後ろ盾を得た。
そしてその話はすぐにフォンセにも伝わり、かの国を静かに震撼せしめた。


つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/174952

今日のまとめ。アラン君の日記③→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/082007