TsunaKamisawaのブログ

小説みたいなものを書きます。

5.

爆砕された城の上でエリザベートは吐血した。
傷ついた内臓を即座に回復魔法で修復し、次の攻撃に備えるが、相手はじっと立ったままだった。
「貴様!強襲とはいい度胸だ、かかって来い!」
血反吐を手の甲で拭い、エリザベートは愛刀を構え直した。

たった数分前の事だった。
いよいよフォンセの主城におもむこうとしていたエリザベート姫と、付き添う覚悟の龍王チェーザレは居城の中央の部屋でメイド長とアラン王子に別れを告げていた。
「必ず戻ってくるーーー」
アランにそう言おうとして、姫は遥か上空の大気の異変を感じ取った。
チェーザレも同じく、龍の姿に変身してアランとメイド長をその強固な翼の下に庇う。

ーーー良くないものが来たーーー。間に合わないーーー。

一瞬にして、城の一部が上から押し潰される様に大破した。

姫が魔力で装甲を造ろうとするより早く、指輪の金剛石の一つがバシッという音と共に砕け、多くの魔法陣の模様を纏った卵形のバリアがエリザベートの体を衝撃と瓦礫から守った。
「う……っ」
身を起こすと、「アラン!ユリアナ!」と二人を呼ぶ。
「姉上!」
二人とも埃にまみれ、擦り傷が多数見受けられたが、龍王の硬質な身体に守られ、大事は無さそうだった。
龍も頭をブルリと振って破片を払う。
「二人を連れて隣の砦へ。私は一人で良い!」
『承知』
龍が二人を連れて飛び去るのと同じくして、味方側の兵が何事かと外からも内からも出てくる。
「負傷者の救助を急げ!直ちにエル・シュタインを呼べ!次の攻撃に備えろーーー」
兵達に指示を飛ばすと、再び上空から殺気を感じた。
「盾(シールド)!」
今度は間に合った。
姫は魔法で巨大な半透明の盾を形作り、間近にいた兵達を無傷で逃す事に成功した。
瞬時に変身して抜刀する。

城には敵襲を探知し、防ぐための大規模な術式がかけられていたはずなのに、こうも早く無効化されるとはーーー。

「出てこい!私はここだ!」
背中から銃を抜いて、夜空へ発砲する。
黒のマントを着た何者かがエリザベートに向かって突っ込んできた。
強力な武器がぶつかり合うガァァンという音共に、激しい閃光が走った。
閃光の中で、エリザベートは相手と剣を交わしながらその姿を見た。
フォンセの軍服ーーー。
しかもこの意匠と胸元に飾られたバッジはーーー。

「フォンセの国王とお見受けする」
「いかにも。余はフォンセの国王。お前はエリザベートだな?」
「違うと言ったらどうする」
重い剣撃をなんとか打ち流しながら、エリザベートはニヤリと笑って見せた。
「いいや、余は人違いはせぬ。お前はエリザベート・クロノだ」
当代のフォンセの国王は、名をアダン・オーギュスト・フォンセといい、フォンセ軍の総帥でもあった。
魔術にも秀で、圧倒的な火力を駆使する事から「フォンセの魔王」とも呼ばれる。
練られた筋力から放たれる一撃一撃は重かった。
エリザベートは彼の灰色の瞳を見返し、
「御大将自らお越しとは、余程切羽詰まっておられると見た」
と煽ってみるが、彼はつまらなさそうに足元の石を蹴り、
「違いない」
と答えた。
「確かにお前は死んだはずだ。死者に拠点を相次いで落とされ、更にこちらに南進されては後がない。死者にはここできっちり死んでもらう」
歌うように言って彼が片手を上げると、背後の夜空に亀裂が入り、二門の大砲が現れた。
エリザベートは盾を作った上で飛び退るが、それすら予想の範疇とみえて、更に三門に増やされた大砲が火を吹いた。

爆砕された城の上でエリザベートは吐血した。
「貴様!強襲とはいい度胸だ、かかって来い!」
勇ましく言って愛刀に十分魔力を吸わせ、敵の間合いに入って薙ぎ払ったが、相手の大剣がそれに勝る強さで跳ね返した。
このままでは耐えきれずに刀が折れる。

火力、対、火力では埒が明かないーーー。

鍔迫り合いは長く続いた。
「八割!」
エリザベート姫はそう叫んで、敵の腹部目掛けてたっぷり魔力を乗せた刀剣を片手で振るった。
余りの強さと放熱に、アダン王も両手の万力で剣を持ち、受けざるを得ない。
そこへエリザベートはもう片方の手で銃を構え、王の額にぶっぱなした。

だめかーーー。

弾道は惜しくも王の頭部をかすって消えた。
今度は王の大剣が姫の頭部へ振り下ろされた。
直撃は免れたが、急ごしらえの盾も打ち破られ、視界が揺れる。もう次は防げない。

こんなところで終わるのかーーー。転生して強くなっても、上には上がいるのかーーー。

「エリ様!しっかり!!」
ぼうっとしたまま顔を上げると、チャラ男の薬師、エル・シュタインがよろけるエリザベートを抱えて盾を展開していた。
次に天空からアダン王へ火が降り注いだ。

チェーザレ、帰ってきたのかーーー。

黒龍の集中砲火に加え、瓦礫の死角から様子を見ていた兵士達がここを先途と弓矢や銃撃を浴びせた。

「これ、気つけ薬。飲んで」
エルに小瓶を渡され、ぐいと飲み干すと、清涼な味が口の中に広がった。
それは優しく胃の腑に落ち、じわじわとだが確実にエリザベートの魔力と気力を補填するに至った。
「エル、あぶないーーー……」
遠くに燃え盛るアダン王の、自暴自棄ともとれる一撃が構えられるのが見えた。

「ーーー!!」
誰かが何かを叫んでいるが、目の前が真っ白になった。
意識が途切れる直前、龍の背中の上から誰かが飛び降りてきて敵王の背中に槍を突き立てるのが見えた。

エリザベート様!」
「姫!!」
抱え起こされると、そこには悲壮な顔のギュスターヴがいた。
「あ……」
「お気を確かに!!」
「アダン王はどうなった……」
「虫の息です。捕縛しております」
傍らを担架が通って行く。担架から特徴的なアッシュグレーのツンツンした髪が覗いていた。
「エル!」
「大丈夫です、重症ですが、死んではいません」
起き上がると、瓦礫の中に鎖で繋がれたアダン王が見えた。
目の前まで近づくと、軍衣ごと体は焼け焦げ、銀の槍が背中を深々と貫いていた。
「姉上!」
「アラン……お前が投げたのか……」
槍にはディーツの紋章が彫られている。
「はい。龍すら殺す毒を塗ってあります。長くはもちません」
「強くなったな」
泣きそうな顔で俯くアランの金髪は、所々焼け焦げてクルクルになっていた。

更に近づくと、アダン王が途切れ途切れに何かを言おうとしている。
「見事……」
介錯は必要か」
「頼む……。
城へ行けーーー本国のラストリア城に、お前の両親を呼んである……、返還するーーー」
フォンセはこれでもう仕舞いとしよう。
それがアダン王の最後の言葉となった。

アランが堪らず目を背けた。
エリザベートの剣の一閃により、王の首が落ちた。

ターーーン……。
遠くで銃声が鳴った気がした。それはエリザベートの脳の奥で鳴った物かもしれなかった。
ビシリ、と音がして、指輪の二つ目の金剛石が弾け飛んだ。
卵形のバリアが再び姫を包み、彼女はその中から「魔弾」を見た。
それは今度はエリザベートの眉間を正確に狙って放たれたものであった。
しばらくリーナ・リーナの仕込んだバリアの魔法陣と拮抗して食い込む様な気概を見せたが、ある瞬間呆気なくポトリと地面に落ちた。

「魔弾の射手か!誰か追え!!」
ギュスターヴが叫ぶ。

「これはーーーこの魔力の気配はーーー」

エリザベートはそのままずっと佇んでいた。ボロボロになった城の上で。兵士達の喧騒の中で。びゅうびゅう言う夜風にキュロットスカートを翻して。この世にたった一人残された様に。


つづく
次(最終章)→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/27/175716

今回のまとめ。アラン君の日記⑤→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/180621

アラン君の日記③

姉さまが風邪ひいたって聞いて、すごく心配したけど、すぐ治って元気な姉さまになってほんとよかった!

新しく来たハデハデな薬師のお兄さんは僕にも優しくて、薬草の名前を教えてくれたり、剣術の稽古でついたかすり傷もすぐ治してくれるんだよ。

外交だってサクサク良い条件を約束させちゃう姉さまってばすごすぎ!
姉さまの頭の良さと人間的魅力がなせる技だよね。

「次はどこをぶっ潰そうかな〜!」ってニヤニヤしてる姉さまはちょっとどうかと思うけど、元気ってことでいいよね☆
元気が一番☆

4.

「あいつは一体何をやってるんだッ!」 フォンセとディーツの国境、ミストラ城の一室に、ヒステリックな男の声が響いた。
エリザベートは、私たちの身をなんだと思っているんだ!ディーツの要塞を一晩に三つも落とすだと!?我々まで殺す気か!!」
黒檀の机を拳でガンガン叩き、顔を真っ赤にして怒鳴っているのはエリザベート・クロノの父、クランツ・クロノであった。
「そのように興奮されてはお身体に触りますわ、落ち着いて……」
「落ち着いてなどおれるか!」 エリザベートによく似た金髪を持つ優しげな女性が窘めるも、怒鳴り返されて「キャッ」と小さく悲鳴を上げる。
彼女はエリザベートとアランの母、そしてクランツの正妻のアナスタシアである。
まだフォンセ本国から何か言われた訳ではなかったが、「両親など煮るなり焼くなりせよ」と言わんばかりのエリザベートの暴挙ーーーディーツ国内から見ればこれ程の勇姿と言える物はなかったがーーーが早馬で知らされ、父王は追い詰められた小動物の様に狼狽した。
「なんとかなりますわ……。まだ、きっとなんとか」

あの子はきっとここへ来るでしょうーーーもうすぐにーーー。
アナスタシア王妃はそっと呟いて曇天に沈む窓の外を見た。

「姫様、お具合はどのようでしょうか……?」
「うん。だいぶ良くなった。ただの熱だ」
メイド長・ユリアナを安心させ、エリザベートは微笑んだ。
北部の城から一斉に南進し、三つの要塞を手分けして無力化する事にはなんとか成功した。
しかし甘く見ていたのが、龍の背に乗って長時間上空を飛行する際の寒さだった。
「これはいかん」と、通常の防寒服に魔力で更に防寒の効果を高めたが、敵地でどの程度魔力を消費するかわからない為に、少しでも力を温存しようと暖房をケチったのが悪かった。
彼女は手始めに最も大きく兵力が高いとされる拠点に「龍のダイナマイト攻撃・エリザベート姫の魔力添え」をぶち込んで、大型の武器を潰して回り、頃合を見て次の二箇所へも高速で移動した。
夜襲に対して粘り強く応じてくる敵方をこちらも相応の火力で捩じ伏せたが、明け方に祖国の城へ帰還して間もなく、エリザベート姫の顔が不自然に桃色な事に気づいたメイド長により、彼女は昼過ぎまで寝室に軟禁される憂き目に遭った。

「大げさだ。そのままフォンセ本拠地に攻め入る事だって不可能ではなかった」
と、強がってみるも、その端からコホコホと咳をする。
「ダメに決まっておりますでしょう。リーナ・リーナ様直属の薬師をお呼びしました」
ユリアナが連れてきたのは、チャラ男だった。

「チョリーッス。お初にお目にかかりまぁす!
薬屋のエル・シュタインっスー!」
そう言いながら大股で現れたのは、チャラ男としか形容し様のない青年だった。
アッシュグレーの髪をツンツンに立て、耳にはずらりとピアスが並び、全ての指に所狭しとシルバーを着けている。
道化の様な口ぶりとは裏腹に、薄い水色の瞳は興味深そうにエリザベートを観察していた。
「お〜!マジモンのお姫様じゃん!ゲロかわ!!」
「なんだ、リーナ・リーナといい、この国の医療関係者は強烈じゃないといかん法律でもあるのか?」
エリザベートは眉間に皺を寄せるが、薬師のエル・シュタイン氏は傍らのユリアナに軽く一礼してからスーツの内ポケットに手を入れ、小さなベルベットの巾着を差し出してきた。
「リーナ師匠がぁ、名刺代わりに持ってけって言ってましたー!」
「おお、これは確かに私の物に相違ない」
何故か若干土台の銀の部分の形が派手になってはいるが、巾着から出てきたのは王妃アナスタシアがエリザベートに持たせた「お守り」の指輪であった。
「最初ダサかったんでぇ、俺が師匠に頼んで加工を手伝ったっす!」
「ダサいは余計だ」
サーセン
チャラ男は舌を出してVサインを作った。無礼極まりないが、なんとなく憎めないキャラな上に、指輪の魔力もきちんと強くなっている。
エリザベートはそのまま右手の薬指に指輪を嵌めた。
「エリ様、熱出したってまじー?診察しろって命令だからちょっと診とくねー」
「エリ様ってなんだ」
エリザベート様だからエリ様。エリとエルって似てるねー!ウケるー。あー、喉腫れてるわぁー。貧血とかは無いねぇー」
見た目を裏切る手際の良さで診察を進めるチャラ男薬師。
最後にエリザベートの額に人差し指でスルスルと小さな魔法陣を描くと、それはちょうど良いサイズの湿布になり、姫の額に張り付いた。
「つめたっ」
「それ、熱冷ましの湿布ね〜。日が沈んだら剥がしていいしー、軽い風邪だし、喉には回復魔法かけるしねー。ハイ、お大事にッス!」
エルは喉にも幾つか術式を施し、エリザベートの様子が良くなったのをきちんと見届けると、
「俺、今日からエリ様の主治医になるっぽいからなんかあったら呼んでぇ〜」とウインクしてからさっさと部屋を去って行った。

エリザベートの大暴れのお陰で、来客が多くなった。
「姫、隣国から渉外が来ました」
「またか」
「今度は大物ですぞ。ポーリシュ国の第二王子です」
「おお。やっとだんまりに飽きてくれたか」
地理上、ディーツの国は二つの大国に挟まれる形で存在した。
西にフォンセ、東にポーリシュがあり、長らくポーリシュはドンパチを始めたディーツとフォンセ、どちらにもくみしないという立ち位置にいた。

「お待たせして大変申し訳ありません。エリザベート・クロノです」
来賓室へ急ぎ、優雅に挨拶をする
「ポーリシュから参りました。国では主に外交を担当しております。パトリック・ピウスツキーです」
立ち上がって握手に応じたのは、仕立ての良い青い貴族服に身を包んだ柔和な雰囲気の男性だった。
体格は中肉中背、赤みの強い鳶色の髪に、常に笑っているような目から優しげな茶色の瞳が覗いた。
「早速ですが、先日の貴女の猛攻に惚れ込みましてね。我が国にもぜひエリザベート様の応援をさせて頂きたい」
ニコニコと笑って言うパトリックだが、内容は結構過激な事を言っている。
「そうするとフォンセはポーリシュ国にとっても敵となりますが、宜しいのですか」
「いやあ、ぶっちゃけ、長年そちらが抑えていて下さったからよかったものの、今や増長したフォンセは目の上のたんこぶでね」
うちは科学技術は比較的発達していますが、お恥ずかしい話、フォンセとやり合う体力なんて全然無いんですわ、と、出された茶をなんの躊躇いもなく飲みながらパトリック王子は述べた。

ふーむ。

「応援は是非ともして頂きたいが、こちらが勝った暁には何をお礼に差し上げれば宜しいのでしょう?」
「ひとまずディーツとポーリシュは未来永劫仲良くしてケンカしない、という約束と、フォンセの領土と資源を少しばかりくれると嬉しいかなあ、というのがポーリシュの意見です」
少しばかり、の内訳が結構重要なのだが、概ねエリザベートにとって渡りに船であった。
ポーリシュは武器を使う事は不得手かもしれないが、財源が豊かである上に武器を作る事には非常に長けていた。今まで他国が手を出す事を躊躇うほどに。
「最高です。仲良くしましょう」
「やったー!詳しい文章も持って来てますから、ちょっと一緒に見て下さい。これはちょっと……、という内容があれば国に持ち帰って再検討してきます。我々ポーリシュ人の合言葉は『目指せ!世界平和!』なのです」
パトリック王子はパッと破顔し、いまひとつ腹は読めないがフレンドリーな雰囲気のまま、従者に書類を出させた。
飛行艇とやらができると聞きましたの。乗せて下さる?」
「もちろんですとも。その折には私も御一緒したいものです」
こうして終始両者にこやかに、しかし細かなやり取りを踏まえた後、ディーツはポーリシュという強力な後ろ盾を得た。
そしてその話はすぐにフォンセにも伝わり、かの国を静かに震撼せしめた。


つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/174952

今日のまとめ。アラン君の日記③→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/082007

アラン君の日記②

姉さまは今日も大変お美しかった!
戦続きで、もう二度とドレス姿なんて見られないと思っていたのに……!我が姉ながら、なんてお可愛らしさなんだろう。

ふらぺちーの?っていう珍しい飲み物もすごく美味しかった。姉さまが考えたんだって!天才すぎる!

最近姉さまは魔女さんや軍隊長さんや龍王様とよく密談なさるなあって思ってはいたけど、一夜にして敵国の軍事拠点をぶっ潰すなんてさすが姉さま……!僕も姉さまくらい強くなれるかなあ?

これはここだけの秘密なんだけど、姉さまは夜中にこっそり中庭で剣を振るいながら、
「ハイパー・レッド・アタック!!……ちょっと違うな……。ゴッドソード・フィナーレ!!」
とか、何かを叫ぶ練習をされているんだよ☆

3.

ーーーああ、あの子が起きてしまったわーーー……。
早く寝かしつけないとーーー。

夢の中で、優しい誰かの声が聞こえた気がする。
私は天蓋付きの寝台で身を起こし、欠伸しながら思い切り伸びをした。
昨晩、遅くまで紫の髪の魔女とやり取りしていたせいでどうも疲れが抜けきらない。

「ユリアナ、おはよう」
「おはようございます、エリザベート様」
ユリアナに手伝って貰って、身支度を整える。
エリザベートの私服はどれも質素なものが多かったが、彼女に似合うように仕立て屋が頑張ったとみえて、可愛らしいパステルカラーにリボンやレース、花の刺繍のあしらわれた物も幾つかあった。
せっかくなので、薄桃色の生地に赤いリボンとフリルが大変愛らしいドレスを選んで着せてもらう。

……すごい。こんな甘々ロリータなお洋服がべらぼうにしっくり来るなんて……。

鏡で背後まで見て、感嘆する。
こちとら前世はパッとしない三十路の女で、こんな物を身に着けられる機会など一生かかってもあったかどうか。
朝日を浴びてキラキラと光る金髪を今日はツインテールにして貰い、「ザ・お人形さん」みたいなお姫様の出来上がりである。

朝食はオートミールの様な西洋粥に、香ばしいパン。何種類かの果物と、紅茶に似た風味の飲み物が金縁の食器で出された。
「この北の地ではこれくらいしかお出しできませんが……」
ユリアナは申し訳無さそうに言うが、十分ありがたい。
「果物はねー、僕も手伝って採ったんだよ!」と、共に朝食の席に着いているアランが言う。
「そうか。どれも美味かったぞ。しかし、その様に無防備に外へ出るのは心配だ」
「姉上の気持ちもわかるけどーーー」と、弟は不服そうだ。
「剣術や、射撃の訓練も増やして貰ってるんだ。今は背丈も小さいし力も無いけど、もっと強くなって姉上と一緒に僕も戦えるようにする」
「頼もしい。しかしアランは頭も切れるから、座学での伸び代も期待したいところだな」
任せて!とアランはニコニコしている。この様な窮地にあっても屈託ない表情を見せる彼は、度胸と根性も十二分に座っていると思われる。

そこへユリアナが「試作品ではございますが、御要望の物をお持ち致しました」と、銀の盆にガラスの容器を乗せて入って来た。
「キャラメルフラペチーノ!!」
私は歓喜の余り悲鳴を上げた。
はたしてそれは、昨日たどたどしくユリアナにレシピを伝えて製作にかかって貰っていたキャラメルフラペチーノであった。
「うん!素晴らしい!!」
飲み物と言うよりシャーベットの形に近かったのでスプーンを使って食すが、非常に甘くて美味い。キャラメルの風味もよく出ている。
「もうちょっと生クリームの比率を多くして、ティーカップに入れてもらえると良いかもしれない」
なあにそれ、と身を乗り出して来たアランにもひと匙掬って口に入れてやる。
「あまーい!おいしいー!」と、アランも気に入った様子だ。
「かしこまりました。きっとお気に召す物をお作りしますわ」
ユリアナに褒美を取らせなければ。何がいいかな、と満足しきった私は機嫌良く考えを巡らせた。

昨晩の話もしておこう。
インパクト大の乱入者により会議は無事に中断され、私は紫色のオネエ系魔女に自室へ連れていかれて診察の様なものを受けた。
「アンタそのまま魔力使い続けたらまた死ぬわよ」
「まじか」
「たまにいるのよね〜、神様から魔力を授かったからって調子こいて使い続けて、短期間でガス欠起こしたり頭の血管切れたりする子が」
「解決策はあるのか?私はどうすればいい」
「まあ、テンション上がっても我慢して六割くらいで使いこなすことね」
六割……六割……。と呟いてイメージする私。
「ところで神様とはなんなのだ」
「あら、政治的な質問?」
「いいや、いち魔術師としての君の私見で良い」
「難しいわね〜。カミサマはカミサマよ。気まぐれに奇跡を与え、ワタシ達をこんなバラバラの姿に創ったり急に壊したりするモノよ」
「奇跡……」
お姫様が蘇ったのも、ま、奇跡よね。と魔女はドライに片付けた。
「なにか役目があるんでしょうよ。その膨大な魔力の出処は、アタシにも見当がつかないわ」
私がここにこういった形で存在するという事は、エリザベート姫の魂は何処へ行ったのだろう。
解らないが、身体を預かっている上は、彼女の希望を叶え、彼女が愛してやまなかったと書かれていた祖国に平穏を取り戻したい。

「ーーーその指輪だけど」
「これがどうかしたか?」
右手から指輪を外して渡してみる。
紫の魔女、リーナ・リーナは指輪を摘み、目をすがめる様にして金剛石の部分を見つめた。
「魔力反応があるけど、アナタの物じゃないわね」
「そうだ。それは母上のーーー……」
「アナスタシア・クロノの魔力だわ」
「なぜ知ってる」
「アンタのお母さん、国一番の魔女じゃないの。知らない方がおかしいわよ」
「国一番は君じゃなかったのか?」
「彼女、国境に連れられてったじゃない。最早不在よ。だから今はアタシが国一の魔女なの」
「なるほどな」
フォンセだって、国王よりむしろアナタの母親の魔力を無効化したかったんじゃないかしらね……、と、リーナ・リーナは呟いて、なにかしら考えている様子だった。
「ちょっとこの指輪、預かっていじってもいいかしら?悪いようにはしないわ」
目の前の魔女から悪意や邪気は感じられない。
大事なものとはいえ、今の所はただの「お守り」にすぎない。私はリーナ・リーナを信じる事にして「許す」と言った。
「どういじるのだ」
「もっと物理的にアナタを守るように構造を作り変えるわ。お姫様に危機が迫った時に防御装置としてはたらくように。その方が便利でしょ」
「よきにはからえ。あと、私に回復魔法の使い方を伝授してくれ。うちの見込みのありそうな衛生兵達にも頼む。近々戦争したいのでな。無論、報酬は頑張れるだけ頑張る」
アタシはがめついわよ〜、搾れるだけ搾り取るわ。と言う魔女と握手する。

こうして、私は応急手当ての仕方を得、今までお粗末であったディーツ国の医療の向上という進捗を買い取る事に成功した。

「やあチェーザレ殿!ご機嫌如何かな?」
「……何用か」
「もう切りつけたりはせんからそうビクビクするな」
「ビクビクなどしておらぬわ!!」
怒って机を叩く龍王を「すまんすまん」と宥め、「頼み事があるのだがーーー」と切り出す。
部屋には老隊長クラフト氏と、龍王と私の三人しかいない。誰も近寄らせるなと使用人達には指示してある。
「戦局を動かしたいというだけのつまらん話だ。クラフトさんのお陰でうちの総力がどのくらいか、どこを取り返せばオセロがひっくり返るのかという事は大体理解した」
クラフト隊長が黙って机の上に世界地図を広げる。
「おせろ……?」
「私が考え出した素晴らしいゲームの事だ。二人が向かい合って、盤上で白黒の駒をクルクルするんだ」
まあオセロはいい、私がやりたいのはーーー、と言いかけて、私は急に立ち上がり、全速力で走って扉を開けた。
「ギュスターヴか。盗み聞きは良くないぞ」
部屋の前にはギュスターヴが銃剣を装備した軍装で立っていた。
「失礼致しました!いついかなる時も姫を護衛するのが自分の務めであります故!この上は自害を!!」
敬礼してでかい声を張り上げるギュスターヴを「それもういいから。今回は護衛はいいんだ。下がってくれ」と追い払い、席に戻る。
「あいつちょっとストーカー気質なとこあるなあ」
と溜め息を吐くと「おおよそ、あの男もお主の事が好きなのだろう。従者に慕われて、良い事ではないか」とチェーザレが言った。
「あの男"も"?」
「ええい!いいから本題に入らぬか!」
急に真っ赤になった美形の偉丈夫が面白くてニヤニヤしてしまうが、クラフト隊長も忙しい身なので端的にこちらの策と希望を述べる。
「できぬことは無いが」
「が?」
「条件がある」
「どうぞ」
「龍の一族の間で、最近妙にそなたが人気なのだ。領土も見舞金もたっぷり確保してもろうた上、我の頭を切り落としたという事でな。魔物や妖魔は基本的に強いものを好むが、龍は特にそうだ。一度、我が領土へ参られよ。そなたを伴って参れば我の株も上がるというもの」
「まるで花嫁の顔見せではござらんかーーー」ウフフと笑うクラフト隊長。
更に真っ赤になりながら「笑うな!」と人の形のまま火を吹きそうな勢いの龍王に、
「全然よいぞ」
と声をかけると、彼はすぐに息を整えて嬉しさを噛み殺したような表情をし、では手伝わせて頂こうと述べた。
「おせろとやらもやりたい」
「了解した。紙とペンがあれば作れる代物だ」

その後オセロが魔族達の中で大流行し、職人らの手によって意匠を凝らしたオセロ盤と駒が量産され、巷の人々をも楽しませる事になるのだが、それはまた別の話。


それから数日後の夜。
フォンセの主要な軍事基地の三つが相次いで落とされた。
フォンセ軍の兵は大部分が捕虜となり、それぞれの将は討ち死に、または自害の最後を遂げた。

捕虜となった兵の一人曰く、夜半、突如として飛来した魔族達による焼き討ちに遭遇して為す術なく蹂躙されたとの事。
そして何より恐ろしかったのが、一人の金の髪の少女が黒い龍の背中から飛び降りたかと思えば魔力を帯びた剣を振るい、辺り一帯を焦土と化した事であるらしい。その恐るべき光景に大半の者が浮き足立ち、また戦意を喪失した。
更に聞いたところによるとその少女、
「……六割……六割……」
とずっとブツブツ呟いていて大変気味が悪かったとの事である。



つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/25/074639

今日のまとめ。アラン君の日記②→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/23/201215

アラン君の日記①

姉さまは今日もかっこよかった!

新しい魔法の軍装もすっごい可愛くて姉さまにとってもお似合いだった!

龍王のアードルング様を見事倒されるばかりか、ご友人にして帰って来られるなんて……やっぱり姉さまは人徳に溢れてらっしゃるよね!

あと、急に男性だか女性だかよくわからない魔女さんが来国されたね。どんな人なんだろう?

実は僕、廊下で姉さまがアードルング様に「火はどうやって吹くのだ?今後の役に立てたい」って仰ってるのを聞いちゃったんだけど、姉さま、ドラゴンにでもなるおつもりかなあ……。
まぁ、そんな姉さまも絶対かっこいいから見てみたいな☆

2.
「ちょっと重いな」
エリザベート姫が普段から身に着けるという軍装を着てみたが、摩耗もあるのかしてあちこちの金具が軋み、胸当ては狙撃された時に砕けたという事で急ごしらえの物に取り替えられていた。
「今ならーーー」
何処から発生するのかは解らないが、今の私には溢れんばかりの魔力がある。
私なら、私ならば、どんな風な格好で戦いたい?
集中して、高揚のままに魔力を全身に纏わせると、軽い電流が走る感覚とキュウウンという音と共に私の身体は光り輝いた。
金の髪には赤い宝石のあしらわれた小さな白銀のティアラが煌めきを持って飾られ、上半身には襟の詰まった白いブラウスにやはり白銀の胸当て、下半身には動きやすい短めのキュロットスカート、足にはやや高めではあるが安定感のある頑丈なヒールの赤いブーツがそれぞれ自分を守護する様に現れた。
古い軍装を持って来てくれたユリアナは驚き、口を両手で塞ぐ仕草をしたが、その瞳には神々しいものを見る感動があった。
私はユリアナにニヤッとして見せ、「お次は武器だ」と、手渡された愛刀を握った。
ところどころ刃こぼれし、こちらもこれまでの戦闘の消耗を見せる西洋剣だ。刃の内部に少し魔力の気配を感じる。エリザベートが握った際の覚悟の残滓かもしれない。
柄には銀銀や色とりどりの宝石の装飾が施され、見た目は王室に相応しい豪奢さだが、元々は男性が持つ事を想定して造られたのであろうと思われ、小柄なエリザベート姫が振り回すには両手であってもそこそこの筋力が必要そうだった。
「シンプルイズベスト」
私は呟き、その剣をティアラと同じ白銀に光る細身の日本刀の形にしてみた。前世の朧気なイメージではあるが重さを乗せて叩き切らなければならない西洋刀より、日本刀の構造の方が斬るにしても突くにしても体力を持っていかれずに済むと踏んだ。一度使ってみて、改良の余地があればまた変形させるとしよう。
鞘も新しく作り直し、せっかくなのであしらわれていた宝石は全てそちらの方に一列に移動させた。
ブンブンと数回振ってみて、重心を確認すると、鞘に戻す。
「うん。いい感じ。刀だけでは物足りんので銃も欲しいな。そこらの猟銃でいいから何か持って来てくれ」
「かしこまりました」
間も無くしてユリアナが携えてきた長銃は、古式ゆかしいものではあったが黒の銃床に金の唐草模様、銃身にも同じ意匠があるカッコイイもので、大きさも背負った状態から抜くのにそれほど難儀しないと思われたので私は即座に気に入って、それにも魔力を注入して手に馴染むようにあちこち調節を施した。弾数が限られている上に命中率も解らない代物だが、まあこれも戦っている内に使い所というものが体得できるであろう。
ユリアナは気が利く。彼女の手でさりげなくセットされた姿見で全身を吟味すると、そこには前世で夢に見るほど憧れた、小さいが勇ましく麗しい魔法少女の姿があった。
「では行って参る」
「ご武運を!どうか、どうか、もう二度と、お隠れになりませんように」
ユリアナは別れ際に、エリザベートが肌身離さず着けていたという「お守り」の指輪を私の右手の薬指に嵌めてくれた。
銀の土台に金剛石とおぼしき三つの石が光っており、その三つそれぞれから濃い魔力の気配が漂っていた。
「母上から頂いたものだな」
「左様でございます。お后様が王様に伴われて国境の城へゆかれる際に、姫へ涙ながらにお渡しになった物です」

母上はどうしておられるだろうか……。エリザベートの母も皇族に相応しい魔術の使い手であったはずだ。
国一の瞬足らしい芦毛の馬を走らせながら私は考えていた。この国は既に詰みの状態にある。皇太子たるアランにまだ危害が加えられていないのことの方が奇跡に近い。両親が実質不在の今、邪魔な私という存在を削いだなら、次はアランだ。
魔物どもを抑え、早く父母を祖国へ奪還せねば悲運の姫君・エリザベートの今までの踏ん張りの全てがおじゃんになるーーー。

その瞬間は急にやって来た。フードを目深に被り、ひたすら山の麓を走っていると、ふいに目の前に惨状が広がった。村落がむちゃくちゃになり、レンガ造りの橋が落とされている。
『おいーーー止まれーーー。そこな人間ーーー何用だーーー』
低い声がこだまして、周囲が急速に黒い霧に包まれ、巨大な妖魔の影が差した。
急襲すれば良いものを、わざわざ姿を晒すとは御丁寧なやつだ。礼儀はあるとみえる。
「名乗るほどの者では無い。通りすがりの魔法少女だ。お前はこの辺りを潰し、ディーツの国に仇なすという龍か?」
『間違ってはいないーーー、我こそはディーツの魔物の長にして黒き龍の、』
「じゃあ手加減しなくていいな!!」
私は馬から飛び降りて一気にフードを脱ぎさり、馬に鞭をくれて今来た方向へ逃がしてから抜刀した。

そして、今に至る。
せっかくの自己紹介を最後まで聞かずに袈裟斬りにしてしまったのはさすがに悪かったと思うが、ギャンッという獣の悲鳴と共にその巨体を現した黒い龍は、太く長い尻尾をしならせて私の立っていた場所を打ち潰し、口から火を吐いて暴れ散らし出した。
龍の表皮は硬く、最初の袈裟斬りは背中から少量の出血を招いたに過ぎないようだった。
なんか「長」とか言っていたから、そこそこ強いのだろう。魔力は溢れていると言えど、自分に回復魔法が使いこなせるか解らない状態で長引かせたくはない。
「おい!龍!降伏するなら命だけは取らずに帰してやるぞ!」
元は教会かそれに近い何かであっただろう、無惨に破壊された建物の瓦礫の上に降り立ち、龍の背後から声をかけてみるが、
『おのれぇぇぇ!女!ディーツ龍族の王たるこのチェーザレ・アードルングを愚弄するか!』
と怒鳴ってバカみたいに火炎放射をかましてくるので交渉は一瞬で決裂した。
この火炎放射、厄介な事に、火とはまた別に吐かれた炎そのものが空気中で爆発の様な反応を起こしてダイナマイトに似た攻撃を起こす。これが中々避けづらい。
ーーーなんて?王?こいつ王様なの?
殺さない方が後々役に立っていいかな……、と少し逡巡するも、頭上にダイナマイト攻撃を受け、横へ大きく避けたところに背後への爆破を連発されて、風圧に耐えきれずに空中へぶっ飛んだ。

ーーー甘いものが、甘いものがほしいーーー。

その一途な思いが私をブチ切れさせた。沸点の低さではこの龍といい勝負かもしれない。
俺、この戦いが終わったら城に帰ってレシピを伝えてメイド長にキャラメルフラペチーノっぽい物を作って貰うんだーーー。
「てめぇ舐めとんちゃうぞワレェェェ!!」
匍匐前進から立ち上がり、白い戦衣を灰と土でドロドロに汚した私は大上段に刀を構えて振り下ろし、龍の首を根元から一刀両断した。
刀から発された眩い閃光が龍どころか地面まで抉っていく。
ズゥゥンと音を立て、土埃を舞い上がらせ滝の如く血を噴出させて落ちていく龍の首。さっきから思っていたが、頭に生えた二本の立派な角が綺麗だ。お土産に持って帰って加工したい。
しかしそこは自ら王を名乗るだけの事はある。龍は僅かに残った力で尾を振り上げ、こちらを薙ぎ払わんとしてきた。
「危ない!」
避けようとしたその瞬間、龍の尻尾もまた輪切りにされて地に落ちた。
「ギュスターヴ!」粉塵の中に軍刀を振り下ろし、黒髪を乱しながら素早く振り返ったのは熱血の近衛兵、ギュスターヴであった。
「姫!!ご無事ですか!?」
「お前、ついてきてたのか」
「当たり前でしょう!!」
尻尾と言えど、断面からは太く白い骨が覗いている。これを魔力の助けもなく叩き斬るとは、この男「ただの自害したがり乱心野郎」ではないらしい。尾行されていた気配にも気づかなかった。近衛兵の実力を間近で見られた事に満足した私は、彼の手を握って立ち上がり「助かったよ。私もまだまだだな」と言った。
そこへーーー『人間……』と、龍の声が再び響いた。
「まだ生きてるのか!ぶっ殺す!!」
刀剣を構え直し、次は胴体に標的を定めるも、『アッ、やめて下さい、降伏するんで!コワイもう嫌』という怯えた声と同時に、あれほど暴れ回った龍の体は大気に融けて消え、代わりに漆黒の長い髪をしたローブ姿の長身の男が現れた。
「何奴」
隣に控えるギュスターヴと共に臨戦態勢を崩さず誰何すると、男はゴホンと咳払いをして背筋を伸ばし、「先程も言った通り、我はこの国の龍の王であり魔族の長、チェーザレ・アードルングである」と偉そうな態度で述べた。
「そなたらの武勇に敬意を表し、門下に加わる事もやぶさかではない」
「あんたさっきコワイって言ったよな」
「言ってないーーーアッやめて殺さないでコワイ」
私が殺気を飛ばすと、ギュスターヴの黒髪より更に濃く、腰まで届くぬばたまの黒髪に金色の瞳、青白い肌をした美しい龍の王様はドン引きみたいな表情で両手を高々と上げ、完全降伏のポーズをした。
「姫、この者は確かにディーツの龍の王です。一度謁見で姿を見ました。普段はこの、人型のようです」とギュスターヴが言うので、
「解った。我が軍門に下り、もう二度と我が国で暴れない事、この事態の詳しい原因を嘘偽り無く説明するのであれば、こちらもそちらに危害は与えぬ」と条件を言ってみる。
「受け入れよう。この龍族の血に誓う」
かくして龍王と私は握手を交わし、ギュスターヴを証人として龍とディーツ国の和平が確約される事となった。

「小娘が来たからちょっと脅かしてやれと思ってたらメチャクチャ強かったから本当に怖かった……」と、後にチェーザレ・アードルング氏は震えながら目頭を押さえて語ったとの事である。

お土産は惜しくも持って帰れなかったが、龍王を連れて帰還した我々は側近達に大変喜ばれた。
「情けない話だが、早い話がフォンセに焚き付けられた」と、龍王は会議の場で説明責任を果たした。
「この様な大戦状態になる前であれば、我々魔族も人間にそこまで無体な事はせぬ。魔族の中にも派閥はあれど、人間と戦って得られるものなどたかが知れておる。故にずっとある程度の共存を保ってこられたのだーーー」
それがこの数ヶ月で急変した、と龍王は述べる。魔族の高位の者たちが乱心したり、魔術による水や空気への汚染で大量死するなどの異変が相次いだ。その内「これはディーツの人間達の仕業である」「そもそも今代のディーツの王は魔族を疎ましく思っていた事で有名である。祖国の拠点を売ると同時に我々魔族も根絶やしにしてしまおうという魂胆らしい」などという言説が流布された。
「そんなバカな……。根絶やしに?道連れという事ですか?そんな事をする動機も余力も今のこの国にはありません」
アランが言う通り、そのような事は事実無根であるが、誰が言い出したのかわからないような事を信じるだけの不安や不満という土壌が魔族達にあったとも言える。
うちの父王が魔族に良い感情を持っていなかったというのも本当の様だった。その証拠に、その話題には誰も触れようとしない。父は火種を撒くだけ撒いて国境に引きこもったのだ。
「フォンセの嫌がらせに決まってる」
「今思えばそうなのだ。ただ、汚染の出処が追い切れなかった事で敵の正体はあやふやとなり、ディーツに威嚇の意味も込めて報復せよという声は高まった」
まあそうなるやろな、ていうか、実際なってしもてるしなーーー。
という空気が会議室に充満した。
「汚染の出処がわからない事や、魔弾の件といい、敵国には相当な術師が控えていると見て間違いないでしょう。こうしてアードルング卿がこちらへついて下さり、魔族方への説得も請け負って下さったと言えど、我が国が風前の灯である事に変わりはありません」
矍鑠とした老隊長ーーーエディ・クラフトさんと言うらしいーーーが安定の冷静さで纏めてくれた。

「じゃあ、敵国潰してくるわ」
「姉上、変身しながら出て行こうとするのやめて。窓から出ようとするのもやめて。建物にはドアあるから」
アランに服を掴まれて不本意ながら席に戻る。変身は解かないが。
「ていうか、回復魔法の専門家っていつ戻って来るんだ?足止めはなくなったんじゃないのか?」
と、口にした途端、会議室の扉がバーンと開けられ、「ちょっとぉー!怪我したお姫様ってどこよぉー!アタシ忙しいのよぉー!会議中会議中っていつまで待たせんのぉおー!?」という甲高いオッサンの声がした。全員がそちらを見ると、ゴージャスな紫の巻き髪に華やかなドレスの美女が立っていた。視覚と聴覚が噛み合わない。
「アラ、お姫様」彼だか彼女だかわからないその人は、脇目も振らずツカツカと寄ってきて私の顔を覗き込み、「すっごい魔力ね。これは天啓受けてるわぁ〜!」と高らかに宣言し、「アタシ、リーナ・リーナ・パスカルよ。この国一番の魔女で回復屋。ヨロシクね」とぶっきらぼうに言うのだった。香水の良い香りがふわりと漂った。


つづく
次→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/23/201048

今日のまとめ。アラン君の日記①→ https://tsunakamisawa.hatenablog.com/entry/2021/01/22/215228